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2012年11月

2012年11月11日 (日)

ウルトラマンとウルトラセブンはカトリック?~円谷英二と冬木透~

冒頭の表題は往年のウルトラマンファンの方々の間に議論を呼びおこすかもしれませんね。(笑)

さて、ご記憶の方もあるかもしれませんが、昨年の暮れに、日本のカトリック機関紙であるカトリック新聞にひとつの記事が掲載されました。

それは、1967年(昭和42年)に放映され、日本の各世代に広く知られている、伝説的とも言える人気を誇る特撮テレビ番組「ウルトラセブン」の音楽を担当された冬木透(本名・蒔田 尚昊<まいた しょうこう>)さんが、カトリック教徒である、という内容の記事でした。

東宝特撮シリーズに参加し、日本の特撮の神様と言われ、ウルトラマンシリーズを生み出した円谷プロダクションを創設した故円谷英二さんのご一家がカトリック教徒であったことは以前から知っていましたが、ウルトラセブンの音楽を担当された作曲家もカトリック教徒だとは知りませんでした。円谷英二さんの洗礼名はペトロだということです。

日本のカトリック教徒の間で、円谷英二さんの信仰生活や冬木透さんの信仰を伝える人はおりませんので、これらのことは世間の情報で知るのみでした。

ウルトラセブン、そしてその前に放映されたウルトラマンは、現在の40代、50代の男性諸氏には、日本の高度成長期に子供時代を送った世代として、何かとても特別な存在の、強烈な印象を持つテレビ番組ではないでしょうか。

私はこのカトリック新聞の記事にとても興奮してうれしくなりました。なぜなら、私は子供の頃、ウルトラセブンがとても好きで、再放送のたびに必ず見るほどのウルトラマン好きの子供だったからです。なぜ、子供の頃あんなにワクワクしたのか、振り返ってみて自分でも不思議なほどです。

ウルトラセブンは、その完成度の高さから、ファンの間でウルトラマンシリーズの最高傑作と言われているそうです。私の子供心にも、ウルトラマンとウルトラセブンには、後年のブームに乗って製作された派生作品とは違う、凛とした気高さと優しさで惹きつける、志の高いスタッフによって練られ、子供たちのためによく考えられた作品の魅力と完成度の高さを、直感的に感じていました。



2009年に行われたコンサートを伝えるYoutubeの動画には、冬木透さんと共に、主人公のモロボシ・ダン隊員を演じた森次晃嗣さんやアンヌ隊員を演じたひし美ゆり子さんの姿もあります。

私はウルトセブンが放映された1967年の生まれですから、ウルトラセブンをリアルタイムで見た世代ではありません。私が物心がついて幼稚園に入った頃からの再放送で魅了されてファンになり、熱中して見た世代です。ウルトラマン、ウルトラセブンの再放送によって盛り上がった第二次ウルトラブームになって製作され、そのブームのけん引役となった「帰ってきたウルトラマン」の音楽も、冬木透さんが担当されていたということです。

そして、さらに驚いたのは、日本のカトリック教会のミサで頻繁に歌われ、プロテスタントの教会でもよく知られ広く歌われているカトリック典礼聖歌388番「ガリラヤの風かおる丘で」は、この冬木透さんが作曲した聖歌だということでした。私もこの聖歌はとても好きで、福音の真髄を伝えている歌詞と共に愛唱しています。

「ガリラヤの風かおる丘で」(カトリック典礼聖歌 388番 詩 別府信男 曲 蒔田尚昊)

ガリラヤの風かおる丘で ひとびとに話された
恵みの御言葉を わたしにも聞かせてください

嵐の日波たける湖(うみ)で 弟子たちを諭された
力の御言葉を わたしにも聞かせてください

ゴルゴダの十字架の上で 罪人を招かれた
救いの御言葉を わたしにも聞かせてください

夕暮れのエマオへの道で 弟子たちに告げられた
命の御言葉を わたしにも聞かせてください

どちらかのカトリック教会において、司祭の祝いの席でこの歌が歌われている映像がYoutubeにありましたので、リンクしておきます。


円谷英二さんは戦時中に軍部に協力して戦意発揚のための東宝の戦争映画の特撮を担当し、戦後、しばらく公職追放になっていましたが、職場復帰後にゴジラシリーズなどの東宝特撮路線でご活躍され、昭和40年代になって、テレビ番組制作のために円谷プロダクションを創設されました。円谷英二さんの周囲には、当時のテレビ番組の可能性に燃える若き志高い論客のスタッフが集められたそうです。60年代という学生・労働運動最盛期の時代背景の中で、何事にも議論を尽くして話し合い、考え抜く風土があったことは確かだと思います。一方で、60年代後半はカトリック教徒にとっては、第二バチカン公会議直後の新しい刷新された教会の時代の始まりの時でもありました。

円谷英二さんの人生を思うとき、戦争協力の罪への深い悔い改めの中で、戦後復興のために国民に希望と勇気を与えようと必死であったであろうことが推察されます。子供向けのテレビ番組であるウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンの製作時、残酷な描写を製作しようとした若いスタッフに対して、すぐに撮りなおしを命じたこともあったそうです。

円谷英二さんはサインを求められると、色紙に「子供に夢を」と書いたそうです。戦後の高度成長期、発展していく国家と社会の高揚感の中で、科学と技術の未来に明るい健全な希望を感じていた時代、子供たちの心は、斬新な未来的感覚で洗練されたSFセンス、勇気と愛にあふれたウルトラシリーズに惹きつけられ、ウルトラマン、ウルトラセブンと地球防衛軍が活躍する怪獣との戦いに魅了されていったのです。

円谷英二さんと協力した冬木透さんも、カトリック教徒として子供たちへの気高く熱い思いを抱いていたであろうことは疑う余地がありません。

故円谷英二さんと円谷家、そして冬木透さんのカトリック信仰について詳細に語られた文献は私が知る限り見当たらず、日本のウルトラファンの間でも研究が進んでいないのだと思いますが、日本では大切に扱われず軽んじられる個人の信仰心は、実際は、信仰者である人の人生の中核を支えるものであり、信仰を語らずしてその人の人生は語れないのが真実ではないでしょうか。特に、カトリック教徒にとって、信仰とは人生全体の中心であり、社会生活の目的であり、ゴールでもあるのです。

信仰を二次的なこと、あるいは個人的な趣味嗜好の領域に閉じ込めてしまう日本社会では、人間の人生における欠かすことの出来ない大切な視点を見落としてしまいがちだと思います。円谷英二さんや冬木透さんの人生を真に理解するためにも、二人の信仰についての研究が進むことを期待したいと思います。

それにしても、円谷英二さんのご存命中に製作されたウルトラマンやウルトラセブンが、日本の若きスタッフの情熱と未来への希望にクリスチャンの真心が融合して生まれていったということを、なんとも甘美で素晴らしいことと感じます。ウルトラマンやウルトラセブンには、子供たちの心を創造力と健全な正義と未来への明るい希望にひきつけていくために、神なる聖霊が導いてくださった部分もあるのではないでしょうか。

これはちょっと言いすぎでしょうか?

しかし、当時の子供たちを強く惹きつけたウルトラマンとウルトラセブンが放つ不思議な魅力を思うとき、カトリック教徒が関わった誇りを感じながら、多様な聖霊の御業を賛美したくなるのです。そして、子供の時にウルトラマンやウルトラセブンに熱中した私がカトリック教徒になったことにも、なんとも不思議な導きと巡り会わせを感じます。

献身と自己犠牲によって地球を守ったウルトラマンとウルトラセブンは、カトリック教徒です!と言いたいですね。(笑)


それにしても、その後の日本社会は、そして日本の子供番組は、聖霊の御業に心を開いてきたと言えるでしょうか?
ウルトラマンとウルトラセブンの伝える良き香りは、現在の日本社会の堕落と混乱と迷走に、警告を与えているように思えてなりません。


円谷英二(Wikipedia)

蒔田尚昊<冬木透>(Wikipedia)

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