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2012年6月16日 (土)

マリアの汚れなき御心への奉献


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本日は、マリアの御心の記念日です。この大切な記念日に、皆様に私の信仰を告白したいと思います。

冒頭の神秘的な御絵は、聖マリアの汚れなき御心を表現したものです。

私がこの御絵と出会ったのは、1990年代初頭、群馬県桐生市にあるフランシスコ会の桐生修道院(黙想の家)でのことでした。この御絵は、桐生修道院の一室に掲げてありました。どのような経緯でこの修道院にもたらされたものかはわかりませんが、桐生修道院は戦後にフランシスコ会ニューヨーク管区によって開設された修道院であり、群馬地域で活動されていたアメリカ人司祭たちが生活していた修道院ですので、アメリカから運ばれたものかもしれません。

当時、桐生修道院で生活されていた日本人司祭、渡辺義行神父様が、この絵をカメラで撮影し、それをプリントしたものを、個人黙想のために滞在していた私にくださったのでした。そのすぐ後、写真家の菅井日人さんの素晴らしい写真集「聖母マリアの奇蹟」(グラフィック社)でこの御絵が紹介され、日本中の多くのカトリック教徒が、この御絵の存在を知ることとなりました。

私はこの御絵を今も大切にしています。時間の経過で少し退色していますが、しかし、この御絵には今も強い観想の香りを感じます。私は、自室に掛けてある十字架のすぐ脇に、この御絵を掛けています。そして毎朝、この御絵に向かって、マリアの汚れなき御心への奉献の祈りを捧げます。毎日、私の一日の生活、家族、労働、共に働く人々、出会う人々、喜びも苦しみも希望も、全てをマリアの汚れなき御心に捧げ、その御保護と導きと助けを願い、人生の全てを委ねるのです。そして、この私の小さな奉献が、罪人、煉獄の霊魂、臨終の時を迎えている人々の救いのため、奉献生活者(聖職者や修道者、信徒奉献者)たちの御保護と救いのために、そして日本社会と全世界の回心と救霊のために役立つものとなりますように、と願います。

私が、マリアの汚れなき御心への奉献の祈りを始めたのは、カトリック三軒茶屋教会の信徒だった頃、司祭のマリア運動に出会ってからです。その経緯については、以前のブログ記事「私と司祭のマリア運動」に書きましたので、そちらをご覧下さい。

この御絵をいただいた当時、私は三軒茶屋教会で司祭のマリア運動と出会ったばかりの頃でしたから、この御絵にとても感激したのです。

司祭のマリア運動の霊性は、ポルトガルのファティマにおける聖母のご出現と強く結ばれています。司祭のマリア運動の創立者であり、聖母マリアの霊の預言奉仕者、昨年帰天されたイタリア人司祭、ステファノ・ゴッビ神父様は、1972年、ファティマへ巡礼に訪れた際に、司祭のマリア運動を始めるようにという聖母からの最初の内的促しを受けました。そして、1972年10月13日、有名なファティマの太陽の奇跡の記念日に、司祭のマリア運動は開始されました。

1917年の一連のファティマの聖母のご出現では、三人の羊飼いの子供たち、ルチア、フランシスコ、ヤシンタに聖母がご出現になり、いくつかの重大なビジョンとメッセージを伝え、マリアの汚れなき御心への信心を示され、太陽の奇跡を行われました。メッセージには、神の裁きと地獄が真に存在すること、第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の勃発、無神論共産主義国・ロシア(ソビエト)の脅威、全世界のカトリック教会が一致してロシアをマリアの汚れなき御心に奉献する緊急の必要性、そして長らく秘密にされ、2000年5月13日(ファティマの聖母のご出現の記念日)に公開された第三のメッセージに含まれていた、教会への迫害と教皇暗殺の危機などがありました。

聖母が願っていた汚れなき御心へのロシアの奉献は、1984年3月25日、ヨハネ・パウロ2世教皇による、マリアの汚れなき御心への全世界の奉献という形で実現しました。この時、「特に奉献と委託を必要としている国の民のため」、という意向でロシアのために祈られました。

その後、ロシアは回心し、無神論共産主義国家の建設を放棄し、キリスト教への迫害を止め、国民の70%が再びロシア正教会の洗礼を受けるという劇的回心を遂げたのです。マリアの汚れなき御心の勝利は、このようにして実現し、成就しました。

また、秘密にされていた第三のメッセージは、1981年5月13日(ファティマの聖母のご出現の記念日)に起きた、教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件を示していたとバチカンは解釈しています。このことは、司祭のマリア運動の聖母のメッセージにおいては、2000年のファティマの第三のメッセージの公開の数年前から、繰り返し伝えられていました。つまり、ファティマの第三のメッセージの主要な部分は、教皇ヨハネ・パウロ2世の使命について伝えている、ということについて聖母が御自身で明らかにしていたのです。(司祭のマリア運動 1995年5月13日 ファティマのご出現の記念日 聖母のメッセージ参照)

1917年のファティマにおける聖母のご出現の2年後、同時期に幼くして病気で帰天したフランシスコとヤシンタは、その聖徳が認められ、2000年5月13日、教皇ヨハネ・パウロ2世によって、福者に列せられました。カルメル会修道女となったルチアは、2005年2月13日に97歳で帰天されました。ルチアは、ファティマの第三のメッセージが公開されたことを見届けて天に召されたのです。

ファティマと司祭のマリア運動は霊的に結ばれている、と書きましたが、それは、ゴッビ神父様に与えられた聖母の数々のメッセージの中にも決定的に示されています。聖母はゴッビ神父へのメッセージの中で、無神論共産主義を「赤い龍」と呼び、この「赤い龍」のもたらすイデオロギーが世界を惑わし、神の救いから遠ざけてしまうことを預言されました。そして、このサタンの化身である「赤い龍」と「太陽に包まれた婦人である聖母マリア」(黙示録12章参照)の戦いを示されたのです。

「大きな赤い龍とは、神を否定し、神を頑固に拒絶するという”まちがい”をどこにでも広めてきた無神論的な共産主義のことです。(中略)大きな龍と呼ばれる理由は、龍が共産主義的な無神論の無敵の支配をもって全世界に君臨しようとしていることを示しています。その龍の色は赤です。それは、多くの占領の道具として、戦争と流血を用いるからです。(中略)赤い龍のもたらすこの文化の中には、堕落と死の種が潜んでいます。」
                     (司祭のマリア運動 1989年5月14日 聖霊降臨の主日 聖母のメッセージ)

そして聖母は、マリアの汚れなき御心への奉献を生きる小さな人々の祈りと犠牲の協力によって、この反キリストである「赤い龍」が決定的に敗北し、マリアの汚れなき御心が勝利されることを預言されました。

「私は(全人類を赤い龍の支配から取り戻す為に)、世界中いたる所に私の最も小さな子らの軍団を養成し、私の汚れなき心に奉献されることを願っています。私は、彼らを信仰と愛徳によって神の光栄のためにだけ生きるように導き、私自身も私の天的花園の中で、最大の注意をもって、彼らを養成します。
また、私は絶えず、主の玉座の前に出て深く礼拝し、私の汚れなき心の黄金の扉を開いて、私のこれら全ての子らを抱きしめて、次のようにお捧げします。『最も聖なる三位一体よ、全ての人があなたを否定するこの時に、私が、日ごとあなたに最大の光栄を帰するように養成していくこれら私の全ての小さな子らを通して、母としてのつぐないの贈り物をいたします。』と。」(1989年5月14日 聖霊降臨の主日 聖母のメッセージ)

聖母が司祭のマリア運動によって預言された赤い龍の敗北とマリアの汚れなき御心の勝利は、ロシアの回心と東欧の共産主義からの解放、そしてキューバ共産政権のカトリック教会との和解によって、その成就を開始しています。

1917年10月13日のファティマにおける、聖母によって予告された太陽の乱舞の奇跡は、集まっていた数万人の大群衆によって目撃され、同時に体験されました。そして、この太陽の奇跡によって、「太陽に包まれた婦人の戦い」(黙示録12章1)の時代に入っていることが決定的に全世界に示されました。司祭のマリア運動が開始されたのは、まさに、1972年10月13日、この太陽の奇跡の記念日でした。

「私は、ここ(ファティマ)で、太陽に包まれた婦人として現われました。ここから、私は、清めの時がその絶頂に達し、そのために、あなたたちが、預言されたことのいちばん苦しい時を生きるように召されていることを知らせます。」(1988年10月13日 ファティマにおいてゴッビ神父に与えられた聖母のメッセージ)

1917年、ファティマで聖母は、無神論共産主義の脅威を警告されましたが、1972年にファティマで生まれた司祭のマリア運動によって、さらに踏み込んで、サタンの化身である「赤い龍」の敗北と、それに打ち勝つマリアの汚れなき御心の勝利を預言されました。時代は、黙示録に示された霊的戦いの決定的時代に入っているのです。

ゴッビ神父に聖母が預言を示されていった時代、それはまさに第二次世界大戦以降、無神論共産主義が世界を惑わし、その勢力を広げていこうとしている世界の分裂と対立の時代でした。西欧自由主義諸国は、そのイデオロギーの勢力の拡大を非常に恐れていました。

ファティマの預言を補足し、強化・刷新して進展させるために、司祭のマリア運動は生まれたのだと言えるでしょう。

司祭のマリア運動の預言書「聖母から最愛の子、司祭へ」は、基本的には聖母から全世界の司祭たちへのメッセージです。ですから、その内容は、マリアの汚れなき御心の観想と母性のあふれから紡ぎだされる深遠な黙想と、堅固で忠実な信仰理解へと導く力強い要理教育の形が取られています。しかし、この預言書は、全てのカトリック教徒に送られた聖母からのメッセージでもあります。この預言書に触れる者たちは、マリアの御心の観想の恵みの中へと導かれ、マリアに倣って、謙遜に神の御旨への信頼と委託に生きることへと招かれます。そして、キリスト教と世界の霊的真実に対して目が開かれ、今の時代を見分け、識別する恵みをいただくことができるのです。


そして、司祭のマリア運動には、ファティマでは告げられなかった、もうひとつの近代の霊的戦いが啓示されています。それは、「黒い獣」(ヨハネの黙示録13章参照)と表現される、退廃し暗躍する近代自由主義思想およびオカルトとの戦いです。

聖母は、ゴッビ神父様へのメッセージの中で、「黒い獣」は「フリーメーソン思想」であると断言しておられます。
つまり、それは「フリーメーソン」という言葉に象徴される、三位一体の神とカトリック教会制度と教義への懐疑と反抗の土台の中から生まれた近代自由主義の中にある退廃した新思想と、キリストの救いと霊的支配からの離脱と反抗から生まれた様々なオカルトです。つまり、それはキリスト教から離れることで生まれていった新しい自由社会と世俗文化、そして相対主義的オカルトの中にある”滅びのパン種”です。

「赤い龍は、マルキスト的な無神論で、黒い獣はフリーメーソンです。龍は、その強大な勢力をもって現れてきますが、黒い獣は、影の中で動き、どこにでも入れるように、隠れたり、潜んだりしています。その獣の足は熊、その口はライオンのようです。なぜなら、どこにでも狡猾に働き、特にマスコミ、すなわち広報をもって働きかけているからです。(中略)フリーメーソンの目的は、神を否定するのではなく、神を冒涜することです。(中略)神は十戒をもって、その律法をお与えになりましたが、フリーメーソンは、その十の角の力をもって、神の律法に完全に反対している法律を、どこにでも広めていきます。(中略)こうして、人々の霊魂は、邪悪と罪悪の暗い奴隷制度に落とされて、死と神の審判の時に、永遠の火の池である地獄に落とされてしまうのです。」
            (司祭のマリア運動 1989年6月3日 マリアの汚れなき御心の祝日 聖母のメッセージ)

近代自由主義は、全てを相対化させていく中で、イエス・キリストの救いと真理を片隅に追いやってしまいました。そして、そのようにして生まれた新しい世俗文化と社会の中には、霊魂の滅びが深く侵入してしまいました。
新しい自由主義の展望の中で、全てを相対化して受容しようとする努力を重ねた結果、救いの真理を見失ってしまったのです。言い換えれば、それは真理を見出すために生まれたはずの自由が、まことの救いの真理を喪失するために働いてしまったのだと言えます。

私は、近代の全てを否定しているのではありません。近代に成し遂げられた人間の尊厳への新しい視野と理解、民族・宗教を超えた世界的連帯の必要性の展望は、カトリック教会の第二バチカン公会議による刷新にも大きく影響しました。そして、近代の発展した生産性の向上と雇用の拡大、社会制度と技術の進歩の恩恵を、明治の始まりと共に近代に倣った日本、そして戦後に近代自由主義による成功国となった日本に住む私たちカトリック教徒も享受していることは、紛れもない事実です。

しかし、近代自由主義社会の土台に含まれる混沌と闇は、混乱と滅びのパン種となって、世界を発酵させ、世界を、日本を、獣のパン、獣の体にしてしまおうとしています。そして今、それは救いの真理の喪失と、隠れたあるいは公然の罪の連鎖の結果としての倫理の喪失と混乱の果てに、社会システムの崩壊の決定的危機さえ導き出そうとしているのです。

そして聖母は、この”獣”の業に聞き従う者たちが、狡猾にカトリック教会の中にも侵入することをも預言されました。(1989年6月13日のメッセージ参照)

隠れた獣の業が教会の指導者たちと民を惑わし、民を巧妙に誘導して組織をコントロールしようとし、霊的熱意の火の喪失へ導くことによって宣教意欲を低下させ、信仰生活の霊的喜びを奪い、聖性への望みを冒涜して、混乱と分裂、怠惰と放縦、堕落を生んでしまうことについてです。それはまるで、「隠れた闇の霊の官僚たちの業」とでも言うべきものです。そして、真に聖霊に導かれる者たちを片隅に追いやってしまうのです。これらの事実上の巧妙な社会的操作と妨害は、はっきりと言いますが、私自身の数々の体験からも実感させられていることでもあり、社会的な真実であると断言することができます。

教会内へのサタンの勢力の侵入についての警告は、秋田の聖母の第三のお告げでも示されています。
※秋田の聖母 第三のお告げ参照

ですから、赤い龍と黒い獣に象徴されるのは、近代に入って強力に現われている反キリストの霊的諸勢力の人間社会と教会への干渉と働きです。聖母は司祭のマリア運動において、この赤い龍と黒い獣が決定的に敗北し、最後にマリアの汚れなき御心が勝利することを預言されています。

そして、この大きな霊的戦いの時代、聖母は、マリアの汚れなき御心の確かな避難所に拠り所を見出し、その中で守られるようにと、メッセージの中で何度も呼びかけておられます。

「私の汚れなき心は、あなたたちの避難所です。この避難所こそ、まさに、今の時代のために、あなたたちに与えられているのです。私がこれほどまでに愛している子らよ、この避難所に入りなさい。そうすれば、あなたたちは救いと平和の神へと向かう道を歩くでしょう。」(司祭のマリア運動 1994年6月11日 マリアの汚れなき御心の祝日 聖母のメッセージ)

「私の汚れなき心は、天の花園です。私は、棄教のこれらの時に、至聖三位一体の完全な光栄にあなたたちを捧げるために、この花園の中にあなたたちを集めたいのです。私の汚れなき心は、私があなたたちのために準備した安全な避難所です。それは、偉大な試練の苦しみの時を、落ち着きをもって過ごすことができるためです。」(司祭のマリア運動 1990年12月8日 無原罪の御宿りの祝日 聖母のメッセージ)

「私に避難しなさい。私の汚れなき心の安全な避難所に駆け込みなさい。それは、あなたたちと教会と全人類のために、すでに訪れた最も大きな試練の時を、私と一緒に過ごさなければならないからです。」(司祭のマリア運動 1992年9月日 悲しみの聖母の記念日 聖母のメッセージ)

共産主義の衰退と敗北によって、世界の自由主義諸国は喜んでいますが、自分たちの足もとにある重大な滅びの危険に気づけません。繰り返しますが、それは、近代自由主義の中にある「滅びのパン種」です。それは、フリーメーソンという言葉によって象徴される、キリスト教からの解放を目指して始まった、退廃した近代自由主義思想とオカルトによる、キリストの救いからの離反です。

この重大な反抗は、世界で隠れて進行し、秘密裏に侵入しています。世界は、聖母のメッセージを真摯に受け止め、赤い龍の敗北と共に、黒い獣、すなわち近代自由主義思想の闇によって、近代自由主義社会が霊魂の滅びの中で敗北して、その土台から崩れ去る危険に気づかなければいけません。

私は、この時代に主から与えられた大試練と清めの中で、共産主義思想と近代自由主義思想の中に含まれる全てが滅ぼされ、否定されるのではないと思います。なぜなら、これらの思想は、たとえ神の御前に間違っていたとしても、ある部分において、不完全な人間の良心と共にあるからです。不完全な良心、それはすなわち罪によって傷つき、悪に傾いている人間の心です。この不完全な人間の良心がサタンに魅入られてしまった結果として、近代の思想的混乱と救いからの離反が生まれてしまったのです。ですから、それに決定的に勝利するのは、罪から完全に解放されたマリアの汚れなき御心なのです。だからこそ、今、私たちはマリアの汚れなき御心を確かな避難所として見出し、その中で守られる必要があります。

歴史を導くあわれみの全能の神は、人類を救う為に、全てを行われるでしょう。つまり、近代自由主義諸国を救うために、滅びの業を敗北させることでしょう。それは、預言された通り、マリアの汚れなき御心の勝利によって成就します。


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ファティマの聖母の汚れなき御心の御像


さて、マリアの汚れなき御心の勝利とは、何でしょうか。マリアの汚れなき御心とは、マリアの無原罪を示しています。

神の特別な選びと恵みの中で原罪の汚れを免れたマリアは、キリストの死と復活によって贖われ原罪から解放された新しい人類の恵みを、時間を超越して、あらかじめ受けていました。つまり、マリアは、創造主・三位一体の神秘の御計画によって、キリストである御子の誕生の為に、あらかじめキリストの贖いの恵みを受けて、原罪から解放された新しいいのちの象りとして創造された新しい被造物の始まりであり、新しい世界の始まりなのです。マリアの汚れなき御心には、新しいいのちの恵みの完全な充満があります。それゆえに、マリアは、キリストによる贖いと救いによって誕生していく新しいいのちを生きる新しい人類、新しい世界の母です。

アダムとエバの堕落によって原罪の傷が生じた人類(創世記3章参照)が、キリストの到来によって再び神と和解する時、新しい被造物の始まりである新しいエバ、マリアが必要でした。

ですから、マリアの汚れなき御心の勝利とは、キリストの死と復活の贖いの恵みによって創造された新しいいのちの始まり、新しい被造物の始まり、新しい世界の始まりの勝利でもあるのです。私たちが洗礼を受け、マリアの汚れなき御心に自らを奉献する時、私たちは、この新しいいのちの栄光と勝利の法則に結ばれていきます。

「私の汚れなき御心の中で、私は、まことのいのちに、毎日、あなたがたを生みます。そのいのちは、神の恩恵のいのちです。私の御子は、私があなたがたに対して、母としての役目を果たせるように、私をこの恵みで満たしてくれました。」(司祭のマリア運動 1979年6月23日 マリアの汚れなき御心の祝日 聖母のメッセージ)

つまり、マリアの汚れなき御心に自らを奉献して、その勝利に与かることは、マリアと共に、マリアの汚れなき御心のうちで守られて原罪からの解放に与かる、新しいいのちを生きる全てのクリスチャンの霊と心と体の勝利でもあります。

ロシアで示されたマリアの汚れなき御心の勝利は、まさに、この新しいいのちの勝利の法則が示されたということでもあります。

繰り返しますが、マリアの汚れなき御心の勝利とは、キリストの贖いの恵みのうちに、洗礼による神との和解によって創造されていく新しいいのちの母の勝利、新しい被造物の母の勝利、、新しい世界の母の勝利です。

この、キリストの死と復活によって勝ち得られ、新しい創造の中で誕生した新しいいのち、新しい世界の至上の価値が、現代、軽んじられ、忘れられ、冒涜されています。

私が、秋田の聖母に関するホームページを製作しようと考えた時、自分のオフィスの名前を、「101 New Life Network」と名付けたのは、まさに、このことを強調して示したかったからです。

そして、この創造主とのキリストによる和解によってもたらされた新しいいのちの園、新しいエデンは、神の御旨を誠実に生き、新しいいのちを持つすべての信仰者たちの、すなわち新しい人間性の楽園です。新しいいのちを生きる私たちは、神の御旨を生きる時、あらゆる人生の苦しみの中においても、マリアのように新しいいのちのエデンの中で喜びと賛美と感謝に満たされ、神の御心にかなう真の自由を生きることができるのです。

しかし、今、神への懐疑の中でキリストによる救いを侮っている近代社会は、この至上の恵みを軽視し、その恩寵の全てを忘れ、むしろこの新しい創造を冒涜し続けているのです。

つまり、世界は、創造主との和解を無視し、冒涜していくことによって、、至上の恵みとして与えられた新しいいのちの園から、ある意味において、絶えずあのアダムとエバのように、追放されているのです。すなわちそれは、原罪からの解放の喪失です。そして、それは真の霊的自由の喪失、新しい奴隷制の進展です。


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司祭のマリア運動 故ステファノ・ゴッビ神父


さて、司祭のマリア運動のステファノ・ゴッビ神父様は、秋田を何度も訪れました。彼は、秋田の出来事に重大な関心を寄せられていました。彼は、聖母から、秋田の出来事についての霊的解釈も伝えられました。

ゴッビ神父様への聖母のメッセージと秋田の聖母の出来事の数々は、同時期に進行した、ということについても注意深く考えておく必要があると思います。

聖母のメッセージを受けた聖体奉仕会の笹川カツ子姉妹は、聖体奉仕会に入会する数年前、妙高教会のカテキスタをしていた頃、高熱にうなされて寝込み、その際、ひとつの幻を見ました。うるわしい女性が現われて、一緒にロザリオを唱えてくれたのです。その女性は、ロザリオの終わりに、ひとつの祈りを付け加えるようにと頼みました。その祈りは、「ファティマの祈り」として知られる、執り成しの祈りでした。

「ああ、イエスよ、私たちの罪を許してください。私たちを地獄の火から守り、また全ての霊魂、ことに御あわれみをもっとも必要としている霊魂を、天国へ導いてください。アーメン」

このファティマの祈りは、ファティマで聖母から三人の子供たちに伝えられ、ロザリオの祈りに付け加えるようにと指示された祈りです。当時、笹川姉妹はこの祈りについて何も知らず、あとから知人の司祭によって、ファティマの祈りであることを知らされたのでした。

笹川姉妹は、聖体奉仕会での一連の奇跡の数々に出会う前に、ロザリオの祈りとファティマの祈りによって準備されていたのです。ですから、秋田の出来事は、ファティマのご出現と、その使命について霊的に結ばれていると言えます。

「ファティマの祈り」に示されている執り成しと嘆願は、まさに、秋田のメッセージに貫かれている願いでもあるのではないでしょうか。

司祭のマリア運動に参加し、その精神に従って生き、マリアの汚れなき御心への奉献を行い、ロザリオによる全世界の救霊のための執り成しの祈りを日々捧げ、教皇の教えへの忠実を示して生活していくことは、秋田の聖母のメッセージに応えていくひとつの道であると思います。

なぜなら、秋田で聖母は、聖体と聖母への強い確信を伴った堅固なカトリック信仰のうちに留まりながら、ロザリオの祈りを日々捧げ、教会と全世界の回心と救いのために執り成すことを願われたのですから。

そして、司祭のマリア運動の精神に生き、マリアの汚れなき御心への奉献を生きることは、決して難解で困難なことではありません。それは、マリアの汚れなき御心のご保護への信頼と委託を生きる、単純で小さき者たちの信仰と信頼の小道です。

「私の汚れなき御心に自分を奉献する人に、私はこの世の誤謬からの救いと、永遠の助かりを約束します。母なる私の特別の干渉でそれを受けるでしょう。」(1976年5月13日 ファティマのご出現の記念日 聖母のメッセージ)

「私の汚れなき御心は、天の母があなたたちのために準備した避難所です。この中にいる限り、あなたがたは、どんな嵐にも安全に守られ、平和を得るでしょう。御子イエスの聖心から任せられたご計画によって、私があなたがたを養成するのも、ここです。あなた方は、ひとりひとり神の御旨だけを完全に果たすように、私から助けられるでしょう。ここで、私は、あなたがたに、私の汚れなき御心にある愛の能力を分けてあげましょう。そうすれば、あなたがたは、神に対しても、隣人に対しても、清い愛を学ぶでしょう。」 (司祭のマリア運動 1979年6月23日 マリアの汚れなき御心の祝日 聖母のメッセージ)

「私は、私の汚れなき心の園の中に、私の小さな子供たちの大群を集めて、天の御父の御旨の完全な実現のために彼らを捧げます。このようにすることによって、”あなたの神聖な御旨が果たされますように”という私の”フィアット”(お言葉通りになりますように、の意。ルカ福音書1章38節参照)を再び繰り返し、彼らのうちに、彼らを通して、神のお望みに対する私の謙遜で完全な受け入れの行為を繰り返すのです。 
小さな人々の力をもって、私はこの、罪、傲慢、暴力、そして不潔などによって病気になり、傷ついた人類を癒しましょう。そのために、優しい堅固さをもって、私のすべての小さい子らを聖性、謙遜、愛、そして純潔の道へと導きます。こうして世界は、そこで再び主が愛され、楽しまれ、仕えられ、そして完全に栄光を受けることがおできになる楽園へと立ち戻ることでしょう。」(1996年9月8日 聖マリアの誕生の祝日 聖母のメッセージ)

聖母は、司祭のマリア運動を通して、人類が天罰としての大患難を通過しながら、マリアの汚れなき御心の勝利によって、新しい祝福の時代に入ることを繰り返し何度も預言されています。そして、聖母は、汚れなき御心の勝利が完全に成就するのは、聖書に約束された(ヨハネの黙示録参照)、間近に近づいているキリストの再臨の成就の時であることも、明確に告げておられます。

「あなたたちが今経験している大きな艱難の重いくびきから頭を上げねばならないことを、私は、私の現存をもって知らせたいのです。あなたたちの解放は近いからです。私は、あなたたちを待っている新しい時代に向けて開かれる門です。あなたたちの奉献をもって、私の汚れなき心の中に皆入りなさい。あなたたちのための主の第二の来臨の時に、あなたたちの母なる天の門の中で、祈りと信頼のうちに徹夜し、ともした灯を携えて、主イエスが、まもなく光栄のうちに帰って来られるのを待ちなさい。」(1991年12月8日 無原罪の御宿りの祭日 聖母のメッセージ)

「私は、至聖三位一体から、イエスの第二の来臨の母となるように選ばれました。そのために、母としての私の役目は、光栄のうちに戻ってこられるイエスを迎える準備を、教会と全人類にさせることにあります。イエスは、神性の光に包まれて再び来られるでしょう。(中略)私が、人々の心と霊魂の中に建設する私の愛の王国は、キリストの光栄ある王国を準備するための道です。私の汚れなき心の勝利は、イエスが、光栄のうちに再び来られ、全てを新たにするその時です。(中略)希望に心を開きなさい。キリストの第二の来臨は近づいています。」(1990年12月8日 無原罪の御宿りの祭日 聖母のメッセージ)

「この世界が平和を知らないのは、イエスを迎えないからです。私の母としての役目は、おいでになる主を迎えるために、私の全ての子らの心を開くことです。なぜなら、その時はじめて、これほど願われ、期待されている平和が、この世に来ることができるからです。(中略)この世界は、イエスを迎えないので、愛する力がありません。イエスは愛です。来られるイエスは、全ての人を完全な愛に導かれるでしょう。その時世界は、ふたたびいのちと美にあふれる新しい楽園となって、神の愛のやさしい絆で一致するひとつの家族となるでしょう。」(1992年2月2日 主の奉献の祝日 聖母のメッセージ)

「あなたがたは、天の雲に乗って戻って来られるイエスをお迎えする準備をするために、この第二の来臨の神秘を生きているのです。『時』は、その充満に到達するでしょう。そして遂に、あなたたちの天の母の汚れなき心は、御子イエスの決定的栄光の勝利のうちに、その勝利を獲得するでしょう。」(1997年12月24日 聖夜 聖母のメッセージ)


聖書において、そして司祭のマリア運動の聖母の預言において約束されたイエス・キリストの栄光の再臨が、具体的に、そして社会的な現実の中でどのようなものなのかは、その時にならなければ理解できないでしょう。しかし、聖母の象徴的な預言をたぐり寄せるならば、再臨はとても近づいており、それがキリストの霊的支配の決定的な回復の時であり、キリストの愛と救いの充満と勝利の時であり、そして、マリアの汚れなき御心への奉献を生きる忠実な小さき信仰者たちの群れの勝利の時であることがわかります。ですから、それは反キリストの諸霊の勢力に従い、悔い改めない者たちにとっては、神の正義の裁きと敗北の時となるでしょう。


「”霊”と花嫁とが言う。『来てください。』
 これを聞く者も言うがよい。『来てください』と。」
           (ヨハネの黙示録 22章17節)

マリアの汚れなき御心への奉献の道は、約束された素晴らしい勝利と栄光と救いのキリストの御国への道、待望と喜びと平和と、そして真の自由の、信頼と委託の小道です。

ぜひ、私たちの御母である聖母の切なる呼びかけに応え、日々の私たちのささやかな回心の生活の中で、この奉献を実践して、真の比類なき希望と期待に満たされていきましょう。

司祭のマリア運動 ホームページ
http://marianmovementofpriests.jimdo.com/

2011年7月 2日 (土)

司祭のマリア運動 ステファノ・ゴッビ神父帰天

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本日は、マリアの御心の記念日です。この大切な日に、皆様にお知らせがあります。

2011年6月29日、聖ペトロ・聖パウロ使徒の祭日の午後3時(イタリア時間)、1972年に聖母の内的語りかけを受けて「司祭のマリア運動」を始められたイタリア人司祭、ステファノ・ゴッビ神父が帰天されました。6月19日の心臓発作後昏睡状態が続いていました。享年81歳です。

帰天を伝える司祭のマリア運動・アメリカにおける公式サイト(英語)

ゴッビ神父の残された遺言の日本語訳は、下記リンクからご覧になれます。
http://www.msm-japan.jp/inori/Don_gobbi.html

ゴッビ神父は1972年5月8日ファティマ巡礼の際、聖母マリアから「司祭のマリア運動」を始めるよう内的語りかけを受け、1972年10月13日に他の2人の司祭と共に「司祭のマリア運動」を始められました。この運動は全世界に広がっており、多くの司祭、司教、枢機卿のみならず、多くの信徒が賛助会員として祈りを共にしています。

ゴッビ神父は5大陸、世界中を駆け巡り、聖母からの預言を伝え、マリアの汚れなき御心の確かな避難所へ入るように、そして、その汚れなき御心への奉献を行うようにと呼びかけられました。

「私の汚れなき心は、あなたたちの避難所です。この避難所こそ、まさに、この今の時代のために、あなたたちに与えられているのです。私がこれほどまでに愛している子らよ、この避難所に入りなさい。そうすれば、あなたたちは救いと平和の神へと向かうその道を歩くでしょう。」  (ゴッビ神父に与えられた聖母のメッセージ 1994年6月11日 マリアの御心の祝日)

ゴッビ神父は、1978年、1987年、1993年、1996年には日本を訪問され、その度に秋田の聖体奉仕会を巡礼されました。その中で、1987年9月15日(悲しみの聖母の記念日)に秋田・聖体奉仕会で行われたメッセージと、1993年9月15日(悲しみの聖母の記念日)に東京カテドラル・聖マリア大聖堂で行われたメッセージは、秋田の出来事とその預言についての、ひとつの霊的解釈となっています。

メッセージの全文については、司祭のマリア運動・預言集(完結編)に収録されています。ステファノ・ゴッビ神父の預言的メッセージは、ローマ・カトリック教会(バチカン)から公式に承認され、全世界において告知されている、現代における最も重要な預言的しるしのひとつです。

司祭のマリア運動 多言語による国際公式サイト
司祭のマリア運動 日本公式サイト

ゴッビ神父の永遠の安息を祈りたいと思います。そして、世俗化し創造主と神聖な十戒を冒涜する現代世界での苦しみの旅路にある私たちに、帰天されたゴッビ神父が天上で聖母と共に、より力強い保護と助けを取り次いでくださいますように、と心から願い、祈りたいと思います。

「私は、世界における私の汚れなき心の勝利を、あなたがたに告げました。
 ついに、私の汚れなき心は勝利を得るでしょう。               」
   (1997年12月31日 ゴッビ神父に与えられた聖母の最後のメッセージより)