« 日本人の声に聴き従う日本人司教、司祭との聖体による一致は不可能 | トップページ | 「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」(マタイ24・12) »

2018年1月11日 (木)

三つの預言の解釈について


人類の唯一の救い主、素晴らしい我らの主・イエス・キリストを賛美します。

今朝、私は早朝のミサに与り、聖体拝領をした際に、主イエスからひとつのことを理解させていただきました。それは、私が1998年にカトリック聖霊刷新の上智大学の集会で聖霊による洗礼を受け、霊による賜物を開かれ、自らの内に置かれた預言の賜物に明確に気づいてから、霊にすべてを委ねて行ってきた私の働きについてのことです。

私はカトリック聖霊刷新に連なる預言奉仕者として、また、秋田の聖母の使徒として、霊にすべてを委ねる生活の中で、三つの預言的メッセージの宣言を行いました。

一つは、
「獣の体である日本国民が完全な滅びに至るであろうことの宣言」
http://101newlifenet.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-6c8a.html

二つ目は
「獣の体である日本人の洗礼の秘跡の無効の宣言」
http://pax-bonum.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-1b05.html

そして三つめは最近お送りした
「日本人の声に聴き従う日本人司教、司祭との聖体による一致は不可能」
http://101newlifenet.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-ff28.html

です。

私が霊に促されて預言奉仕者として宣言したこの三つの大警告は、いずれも「神の怒りの裁きと罪の赦しの喪失」につながる重大な問題の識別について伝えており、これらは事実上、秋田の聖母の預言の地の果ての異教的・オカルト的近代主義の支配の島・日本における成就を示していることを主イエスが私に理解させてくれました。

秋田では、教会に悪霊の支配が侵入し、教会が分裂すること。そして、御父は激しく怒っており、これ以上隠れた罪が続くなら、罪の赦しは無くなるということが伝えられていました。そして、悔い改めが無ければ、大天罰として天の火が降るだろうと。それはまさに、日本人の隠れた誘導と支配が、戦後、日本のカトリック教会にオカルト的かつ世俗的価値観で侵入し、ローマ・カトリック教会を惑わし、聖職者・修道者・信徒の内心を操り、日本のカトリック教会を内部から操作しようとしてきたことを暗に示していました。それゆえに、秋田の大警告は、日本のカトリック教会にとって明確にされた真実だったのです。

彼ら日本人は、秋田の預言の声をふさごうとし、私たちとキリストと聖母に謝罪せず、悪意ある誘導を仕掛け、霊が怒るままに任せました。それは、悪意ある故意に基づくものであったと断定します。

それゆえに、カトリック聖霊刷新に連なる預言奉仕者である私は、絶えず霊の働きにすべてを委ねる者として、霊の怒りを感じる中で預言的宣言を開始しました。

私は霊にすべてを委ねる者ですので、霊が怒れば私も怒り、霊が喜べば私も喜びます。そして、霊が義を感じれば私も義を感じ、霊が平和であれば、私も平和です。それが、カトリック聖霊刷新に連なる預言奉仕者としての私の働きです。

つまり、日本人は全世界のカトリック教徒を震えさせた驚くべき秋田の大警告を受けながらも、その預言の声に耳をふさぎ、伝道者たちを冒涜して妨害し、幻惑して事実上人生を破壊し、そして、自らの国が立派で正直な国、世界で一番優秀な教会のある国に見せかけようとしたのです。

私の人生は、その過程で口封じのために破壊され、精神病に見せかけられました。彼らの誘導するカトリック教会を守るためです。霊は義によって激しく怒っており、地の果ての獣の島がヨハネの黙示録の成就に入っていることを告げています。

私と私の家族への明確な金銭的謝罪を、「彼らの声」を聞いて従ってきた日本人たち、そして日本のカトリック教会の責任者たちに、強く求めます。それは、神の前で偽りのない、現実的で真実の償いだからです。

日本人の回心が明確に行われないならば、地の果ての島で、霊は激しく義となり、時を成就させていきます。

主イエスの御名で、霊に促されて、通告します。

2018年1月11日

カトリック聖霊刷新に連なる三位一体の預言奉仕者であり、
秋田の聖母の使徒、そして終わりの預言奉仕者である、

FA

« 日本人の声に聴き従う日本人司教、司祭との聖体による一致は不可能 | トップページ | 「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」(マタイ24・12) »

秋田の聖母マリア」カテゴリの記事

コメント

あなたが2017年9月をもって終わりの予言奉仕者ブログを更新してこないので心配していました。
まだ間に合うのなら警告します→向精神薬を精神科医のいわれるがままに飲まないでください。
向精神薬には鎮静効果はありますが、他方で危険な副作用も多々あります。日本の向精神薬の多罪併用大量処方により、大勢の患者が突然死(不審死)または自死という悲惨な結果に終わっているのではないかとのことは多くの患者や家族が感じていることであり、世界でも合法薬物多量消費国である日本の恥というべき状況に来ていると思います。カトリック教会内でも精神障害者(発達障碍者含む)や知的障碍者に○○の会などと称して援助の手を差し伸べようとはしていますが、主催者側である教会関係者はもっとも重要な対症療法(薬物療法)については精神科医や病院にすべて任せたきりです。権威者(教会)が権威者(精神科医、日本精神神経科学会等)に「何かがすごくおかしい。」と思ってもいえるわけがないのです。人の死がかかわることであっても。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1636420/72665566

この記事へのトラックバック一覧です: 三つの預言の解釈について:

« 日本人の声に聴き従う日本人司教、司祭との聖体による一致は不可能 | トップページ | 「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」(マタイ24・12) »