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2017年3月 4日 (土)

異言の賛美と祈りの力によって ~終わりの預言奉仕者として~

JESUS IS LORD!

さて、私はあなた方に今まで何度も伝えてきた通り、1994年から1995年まで、カトリック修道会フランシスコ会北浦和修道院で老修道士から異常で陰湿ないじめともいえる待遇を受け、それを本部に指摘した後、私の方が精神的におかしいと噂を流され、結局、1995年2月(阪神淡路大震災の直後)にフランシスコ会を退会しました。

そして2月11日(ルルドの聖母の記念日)からの一年間、秋田の聖母マリアの奇跡で世界的に有名な聖体奉仕会で過ごし、1996年2月、実家に帰宅する際に寄った群馬県邑楽郡大泉町での最初の異常な体験から現在に至るまで、実に21年間、「日本人の世俗的な声」が朝から晩まで耳に聞こえ、私の心を暗示にかけようとし、誘導を試みていることをお伝えしました。これは、私がブログで何度も書いてきたことです。このような日本人の声による働きかけは、それまでの人生で一度も体験したことはありませんでした。

いままでの人生での体験の証しは、下記リンクから参照していただきたい。この内容は、ローマ教皇フランシスコの面前でも、同じ内容を語ることができます。それはつまり、主なる神の御前でも、同じように語ることができる内容だということです。

「秋田のしるしが置かれた国で」①~⑩
http://101newlifenet.cocolog-nifty.com/blog/cat59617553/index.html

放射能汚染水 ~福島第一原発の黙示~
http://101newlifenet.cocolog-nifty.com/newlife/2013/08/post-492f.html

ローマ法王と安倍首相の面会の日に示された黙示録の獣の数字666 ~私のツイートからの記録~
http://pax-bonum.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-8df8.html

「日本よ、神のいつくしみの門へ向かいなさい!」①~⑲
http://pax-bonum.cocolog-nifty.com/blog/cat64566051/index.html


はっきりと言いたいのですが、私は統合失調症ではありません。なぜなら、私の心の誘導を試みる日本人の声は、あなた方が毎日聞いている、誘導する日本人の声と同じだからです。それを私は明確に知っており、あなた方日本人が誘導されてしゃべり、誘導されて行動していることを明確に認識しています。ですから、あなた方が私を精神病だというなら、それは偽証であり、私の人生を貶めるための計画に協力した日本人だということです。

彼らの言葉は、私の内面に一種の仮想のイメージを形成しようとします。それは、たとえで言うなら、「今、マシー神父はこんなことを考えているぞ」とか、「シュナイダー神父は今、こんなことをしているぞ」というよう事柄です。

この日本人の言葉を毎日受け入れている日本人たちは、自分の内面に、本当の現実とは違う、現実の状況の解釈が形成されていくことになります。それは、仮想現実を現実だと間違って認識してしまうということです。

彼らの言葉は、ある時は私を喜ばせ、ある時は私を怒らせ、ある時は笑わせようとし、ある時は不安にさせ、ある時は安心させようとします。つまり、彼らの言葉によって私の心が毎日一喜一憂に動くようにされているのです。
それは、彼らの言葉によって私の心をとらえ、彼らの言葉が私の心と意志と決定に影響を与えようとしているのだと思います。

彼ら、この日本の隠れた支配であり、日本の社会的、霊的な保護主義を誘導する世俗国家主義右翼カルトは、この隠れた「言葉による暗示と誘導」を巧妙に用いて、人間の心をマインドコントロールしてきたのではないかと思います。このあまりにも巧みな心理学的な誘導は、高度なレベルでの研究が何らかの方法で緻密に行われた結果か、あるいは、そのような心理学的な研究を悪用しているのだと思います。

朝から晩まで毎日繰り返される、この嫌がらせの継続とも言える、日本人による言葉の「攻撃」は、普通のクリスチャンでは耐えられないことかもしれません。防衛のために恐怖で心が閉じ、心が石のようになってしまうかもしれないのです。

あるいは完全に心をとらえられ、彼らの言葉の思い通りに、一喜一憂して感情を自分でコントロールできなくなるかもしれません。そして、何か、破壊的な、煽情的な行動に出てしまうかもしれません。彼らの目的がそこにあるかもしれないことは、私も推測しています。

私はカトリック聖霊による刷新の「聖霊による洗礼」を受け、預言のカリスマを開かれた奉仕者として、この件について、大切で重要なことをお伝えしておきます。

「カトリック聖霊による刷新 ~Catholic Charismatic Renewal~」
http://101newlifenet.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/catholic-charis.html

私が、この「日本人の言葉による暗示誘導」を打ち破り、暗示にかからないため、心をとらえられないために用いている一つの手段である方法は、異言による賛美と祈りです。(新約聖書・使徒言行録参照)

異言は、霊による自由な祈り、霊による自由な賛美です。これは異言の賜物を与えらえている者が、霊に委ねる時、自然に言葉が口に上ってきます。

この異言は、思考や感情、心での決定を超えた霊による自由な賛美ですので、異言で祈り、賛美している間、思考や心は何かにとらわれることなく、とても解放されて自由になります。異言での祈りや賛美は、心と思考を自由にして、ある意味で休息させるのです。

ですから、彼ら、日本人による言葉で私の思考と心がとらえられようとするとき、私は異言で賛美し、異言で祈ることを行います。すると、彼ら日本人による言葉の働きが心の中で気にならなくなり、無効化することができ、私の心と思考を隷属させようとする試みを防ぐことができます。

私は毎日、このようにして、朝から晩まで繰り返される「日本人による世俗的な言葉による誘導」に対して、異言での賛美と祈りによって、心に自由と解放を保っています。

異言は近代の隷属からの解放のために再び与えられた、現代のカリスマです。異言は、心と霊と言葉の、神と世界に向けられた解放の業です。この解放の業によって、信仰の証しのための力強い導きと助けが与えられます。
異言は、近代社会の新しい罪への隷属の重荷の中で押し潰されそうなクリスチャンたちに与えられた、聖霊による新しい解放の賜物であり、聖霊に心を開き、その導きに全てを委ねるため、そして聖霊による自由と喜びを生き、聖霊によって語り、信仰を証しするために現代に再び与えられた、神の不思議な御業です。

クリスチャンは異言で賛美することによって、霊に心を開き、霊に全てをゆだねるように養成されていき、信仰の勝利へと導かれます。私は、聖霊による刷新の集会に参加することによって、初代教会の聖霊降臨から始まって、今も続いている神の力強い恵みの賜物の働きに目が開かされていきました。

私は毎日、朝から晩まで、日本人による「言葉の嫌がらせと攻撃、心理学的な誘導の試み」に対して、聖霊を呼び求め、異言の賛美を用いていますので、朝から晩まで、心も感情も霊的に自由で、聖霊の満たしの中にあることをお伝えしておきます。

彼らと、その言葉に聞き従う日本人たちは、このように、絶えず聖霊の満たしの中にある私の人生を侮辱し、貶め、冒涜してきました。

聖霊を冒涜する者たちは赦されません。(マルコによる福音書 3章29節)
彼ら日本人は、三位一体の神の赦しを喪失していることを、預言奉仕者として、明確にお伝えしておきます。

彼ら日本人が私に要求通りの謝罪を行わない限り、私と三位一体との和解はあり得ません。

2017年3月1日
四旬節の始まりに

フランシスコ 

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