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2017年3月11日 (土)

「2017年の3.11に」 ~終わりの預言奉仕者として~

「2017年の3.11に」

3.11です。3.11の前の半年間ほど、私は主なる神の激しい怒りを毎日のように霊に感じ、秋田の成就となると思われる大天罰が起こる可能性について、カトリック聖霊刷新のリーダーに伝えていました。

そして、この怒りは、私の人生を妨害して冒涜し、私の家族に謝罪せず、全てを誤魔化す日本人たちに向けられていることを感じ、それを聖霊刷新のリーダーと、私の周囲を囲み、毎日超常的な力で日本語で話しかけ、私を誘導しようとしながら、目と心で観察している者たち、すなわち世俗国家主義右翼カルトのオカルティストたちに伝えていました。

「私に謝罪しなければ、秋田のしるしの大天罰が起こる」と。

あの日、生きているどの世代も体験したことのない地震と津波が、東日本を襲いました。誰もが起きないと思い、見たくなかった原発の崩壊が起こりました。放射能汚染水は今も流れ続け、増え続け、静かに海に流れ続けています。あの日の出来事は終わったのではなく、重大な時の分岐点であり、あの日から、世界は真に、神に創造された大自然と人間の業への怖れを共有するようになりました。そしてそれは真に、私たちに「主を畏れることは命の源 死の罠を避けさせる。」(旧約聖書・箴言14章27節)という言葉を思い出させるのです。

もし、今後、廃炉が技術的に不可能で、放射能汚染水の問題が人類が経験したことのない「解決不能の問題」となって浮上してくることがあるのならば、それは、新約聖書にしるされた決定的な「終わりの日」の成就のしるしとして神が置かれた出来事なのだということを自覚し、覚悟していくべきだと思います。

3.11の前晩の昨日の夕方、収穫を終えた冬期の稲田の前で、主の栄光の輝きに包まれた日没の太陽を見ました。太陽はまばゆいばかりに輝きながら沈み、夜になりました。主なる神は「彼ら日本人は謝罪しなかった。この国は、夜の闇に入る。」と言われました。

深まりゆく夜の闇の中で、目覚めてともしびをかかげ、油を用意する者たちは幸いです(マタイによる福音書25章)。目覚めるとは祈りであり、ともしびとは賛美であり、油とは霊と共にあることです。その時、私たちは、目覚めて絶えず祈りながら、約束された救いへの待望のうちに、霊に満たされて喜びの賛美の日々を決定的に生きていくのです。


何度でも読んでいただきたい。
「放射能汚染水 ~福島第一原発の黙示~」
http://101newlifenet.cocolog-nifty.com/newlife/2013/08/post-492f.html


2017年3月11日
カトリック聖霊による刷新に連なる三位一体の預言奉仕者であり、
秋田の聖母の使徒、そして終わりの預言奉仕者である、

フランシスコ

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