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2016年12月21日 (水)

カリスマ(神の賜物)への冒涜 ~終わりの預言奉仕者として~

「カリスマへの冒涜」

獣の体である日本人社会と日本のカトリック教会が、獣の言葉の誘導に導かれて、戦後、巧妙で緻密な社会誘導と操作によって行ってきたことは、三位一体の目、天上の視点で見つめるならば、それは、カリスマ(賜物)への絶え間ない冒涜だった、と断言できると思います。

神の恵みの賜物である多様なカリスマは、まったく自由な神の選びの中で、神が望む人々に注がれていきます。

それは、ある意味で、人間の側の都合や立場、人間の計画などを超越した神のご計画、神の知恵の導きによるものです。

ですから、神の恵みの賜物を社会の中で見出そうとするなら、人間の側の都合、手前勝手な計画、人間の自我と欲望による選択を超越した、神の選びと望みとは何かを見つめ、見出さなければなりませんでした。

しかし、秘められた獣の言葉の誘導に聞き従ってきた日本人社会と日本のカトリック教会は、神の恵みの賜物を本当の意味で見出すことよりも、日本人の計画、日本社会の都合、秘められた隠れた支配の選びを優先し、真の意味で恵みの賜物であるカリスマを持つ者たちを妨げ、時に口を封じ、活動を抑え込んで、結局、日本人の隠れた支配の選びと誘導を優先していきました。

それによって、真の意味での神のご計画が成就することを妨げ、結果的に、カリスマ(賜物)への絶えまない冒涜が行われてきました。

日本のカトリック教会の聖職者と信徒の、聖霊の導きを感じない、不健全さすら感じる組織構造や意思決定、不透明な人事、霊に導かれていない聖職者の言動、霊感によらない説教や、霊感によらない不透明な選択などを見れば、それは決定的に明らかです。彼らは聖霊に導かれているのではなく、日本人の声に導かれているのです。

これは、世界的に決定的に明らかです。

そして、カリスマへの冒涜とは、まさに、聖霊への冒涜なのです。

三位一体と天の全軍は、獣の体である日本社会が戦後行ってきたカリスマへの冒涜を激しく怒っています。

獣の体である日本社会は神の恵みを無にして、自分たちの都合と計画を優先し、神を騙すかのように敬っているふりをして、さらに神を激怒させ、そして、時が満ちて、和解のために遣わされた窓口である私、フランシスコのメッセージをことごとく無視し、誘導された日本人を使って、私の人生をさらに侮辱して冒涜しようとしていきました。

そして、神のいつくしみの聖年の和解の恵みのチャンスをも完全に無にしてしまいました。

三位一体の預言奉仕者として、はっきりと言います。

獣の体である日本人社会は、カリスマを冒涜してきたゆえに、カリスマによって報復を受け、カリスマによって打倒され、カリスマによって敗北し、カリスマによって裁かれていくでしょう。

なぜなら、もう一度繰り返しますが、カリスマ(神の恵みの賜物)を冒涜した者は、聖霊を冒涜した者なのですから。

聖霊を冒涜した者は、完全な痛悔と償いなしには、決して赦されません。

主イエスの御名で、預言奉仕者として通告します。

2016年12月21日
神の至上の愛の賜物である、
幼子イエスの降誕の前に

フランシスコ

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