美智子皇后の実弟、正田修夫妻カトリックの洗礼を受けられる

皆様に、喜びのお知らせをいたします。

私の信頼できるカトリック教徒の知人からの情報によりますと、今年に入ってから、皇后・美智子様の実弟である正田修・素子夫妻が、都内の教会でカトリックの洗礼を受けられたということです。

正田家は、美智子様の祖母きぬさんが昭和2年にフランス人宣教師ヨセフ・フロジャック神父より洗礼を受けられてから、カトリックには縁の深いお家柄です。きぬさんの夫であった正田貞一郎氏も、戦後、昭和24年に関口教会でカトリックの洗礼を受けられています。また、美智子様の母上である冨美子さんも、臨終の間際に洗礼を受けられ、実妹の安西恵美子さんも洗礼を受けられたとのことです。

美智子様がカトリックのミッションスクールで育ち、聖心女子大学を卒業されたことは、あまりにも有名ですね。
美智子様は、カトリックの精神が育んで誕生した、日本の新しい時代の皇后である、と私たちは胸を張って言えるのではないかと思います。

さて、最近テレビでどなたかが、「今の時代、人格と品格を守るのがとても困難になった。」と言っているのを耳にしました。現代の発達したコミュニケーションの拡大による情報の洪水の中で、人格の尊厳と品性を破壊する様々な言葉と表現が様々なメディアから、無制限に流れてきます。

私は、現在のインターネット時代の新しい情報社会とコミュニケーションの発達そのものの全てを否定しているのではありません。インターネットの発達によって、私たちは必要とする情報が瞬時に手に入るようになり、また、インターネットコミュニケーションの発達によって、国家の壁が崩壊し、人々は必要とする時にすぐに交流ができるようになりました。人々の心が開かれ、知的欲求が満たされ、孤独が癒され、真実が明らかになってきています。それらの善の側面は、私たちの社会の刷新に寄与し、省資源、省エネルギーにも貢献しています。

しかし、一方で、負の側面は異常なほどの支配を広げています。私たち、特に現在の子供たちと若者たちは、物心がついた時から、インターネットやテレビ、映画、漫画、ゲーム、様々なマスコミを通して、退廃した下品な多量の情報に慣らされ、そのような情報を共有することで連帯を見出し、協調しています。「協調性」という言葉がもてはやされ、至上の価値とされる日本社会の中で、極めて世俗的な流行に同調し、心を開かなければ、寛容性の欠如と見なされ、「社会不適応」の烙印を押されてしまうかのようなご時勢です。「協調性」の基準をどこに置くのか、社会的寛容とは何なのか、私たちが守らなければならない人格の尊厳と品性とは何なのかについて、緊急に思い巡らさなければならない時期に来ているのではないでしょうか。

現在の日本の世俗文化の象徴的存在であり、大きな影響を与え、メディアを支配しているとも言える吉本興業などのお笑いや、刺激的な企業CMなどは、目と耳をふさぎたくなるような品性の欠如したいいかげんな言葉と感性、表現を機関銃のように乱射し、無防備で感受性の強い若者たちに影響を与え、その退廃した文化と生活表現を伝染させています。感受性の退廃は、生活の退廃へと導き、家庭の退廃、共同体の退廃、経済活動の退廃、そして国家の退廃へと導いていきます。

メディアに関わり、実質的に大きな社会的影響力を持っている人々は、表現と言論の自由を注意深く気高く駆使しなければ、未来の社会の存亡に関わってしまうということを真剣に自覚しなければいけません。そのような真剣な社会的配慮の欠落がもたらす重大な結果はすでに私たちの精神性に現れ始めており、今後20年、30年、50年後にさらに重大な結果をもたらすことでしょう。

さて、天皇家が日本国民統合の「象徴」として、国民に与えられた恵みであるならば、皇室が懸命に表現している品位と美は、本来全ての日本国民が平等に共有すべき、日本人の心の美徳ではないでしょうか。

よく、皇室のことについて、「私たち一般市民には縁遠い世界だ。」とか、「私たち下々の者には関係がない。」という表現を耳にしますし、それは一種の妬みの表現でもあり、自分たちの現実からの諦めの表現とも思いますが、本来、人間の尊厳と品位に、身分の上下や社会的地位は関係がないと思います。

むしろ、市井の中で、認められなくとも小さな生活を誠実に生きようとして、神や仏を裏切らない生活をしようと懸命に生きている人々の中に、偽りではない真の品格が存在するということを私たちは体験的に、そして本能的に知っています。創価学会や立正佼成会、実践倫理会などの新興団体の興隆は、日本人が本来所有しており、求めている人格の尊厳と品性への憧憬を提供しようとしているからでなないでしょうか。


私たちカトリック教徒は、神から与えられた人間の本来の人格と品性の気高さのことを、「聖性」と呼びます。カトリックでは、「聖性を生きることは、すべてのカトリック教徒の義務である」(教皇ヨハネ・パウロ2世)とまで教えます。

「私は聖人ではないから。」とか、「修道院でなければ、聖なる生活はできない。」と考える人々がカトリック教徒にも存在しますが、それは大きな勘違いです。聖性とは、本来、私たち全ての人間の本性に注がれている神の恵みなのです。それを自己の中に見出し、聖性を生きようと決意することは、神から与えられた本来の自分のいのちと人間性の美しさに素直に従うということです。

「本当の自分を生きる」と宣言して、動物的本能のままに享楽的、あるいは退廃的な言動で生活しようとする人々がいて、それが寛容だと受けとめられ、そのほうが正直だと言われたり、世間的に魅力的に語られたりもしますが、それは、神が与えてくださった人間のいのちの恵みの本来の品位と美を見つめずに軽んじる、途方も無い神への忘恩と侮辱なのです。

人間同士のコミュニケーションを隔てていた壁が崩れ、インターネットと携帯電話、簡易コミュニケーション媒体が劇的に普及した現在、私たちは、以前より無防備になり、退廃した無差別な情報との接点が過剰に増えています。その意味で、私たちが聖性を生きるためには、以前に増して、私たちの内にある聖性を守る努力と決意が必要となってきています。

たとえば、電車の中で大部分の男女が携帯電話やスマートフォン、携帯端末を操作してメールやインターネット、ゲームなどを利用している現在の状況は、私には、ぞっとするほどの一種異様な状況と感じられます。

携帯端末の普及する以前は、電車の中では読書したり、疲れを休める為に仮眠したり、物思いにふける人々がいたり、同伴者と生きた会話をする人々がほとんどでした。電車の中は、沈黙のうちに心を休め、思索する静けさに満ちていましたし、あるいは生きた人間の交流の場だったのです。しかし、現在は、電車の中はあらゆる雑多な情報との接触の場となり、同伴者がいても携帯をながめている人々がいます。人間の生きた交流が失われ、心と霊を休める場ではなくなりました。

私たちカトリック教徒は、よく電車やバスの中でロザリオなどで祈るようにと勧められてきましたが、現在の日本の一般の社会状況は、「電車の中で静かに祈る」ような心と感性は、ほとんど失われてしまったと言えます。

カトリック教会にある生活様式の一つである観想修道院の生活は、ある意味で「象徴」です。天皇家が日本国統合の象徴ならば、観想修道院の生活は、キリスト教的な聖性の生活の象徴です。修道生活は、「囲い」と呼ばれる禁域を持ち、聖性への望みを破壊する様々な事象と知識から、自分たちの礼拝と労働の生活を守ります。

私が北海道北斗市・渡島当別のトラピスト修道院で生活した2年余りで私が理解しえたことのひとつは、氾濫している雑多な情報から解放され、創造主の愛のみを思索し、シンプルに生きる礼拝と労働の生活が、どれほど愛と喜びと心の平和にあふれているかということでした。それは確かに、聖性への望みが、本来人間が持っている真の願望であることを感じさせてくれました。

社会生活を送る私たちも、この異常な情報の氾濫の時代、「心と霊の囲い」を守る決意が、一段と必要になってきているのではないでしょうか。

現在の情報社会の中では、いかに多くの情報と接点を持ち、いかに雑多な知識を受け入れて豊富に持っているか、いかに多くの情報を使いこなすかが社会的に優位にたつことの条件になっているかのようです。知識の優位が、人間性の優位のように思われています。

しかしそれは、真の識別をもたない個人個人が多量の情報と接点を持つことが可能となった今の時代に、重大な倫理的危機と混迷をもたらしています。情報との接点が過剰に増え、「情報を入手せよ」という企業市民社会からの圧迫が個人に迫り、それが人生を成功と幸福に導くと思わされ、人々はどう取り扱っていいかわからない雑多な情報に振り回されていきます。そのことによって、人々は、経済的利益を生み出す欲望の拡大と全ての世俗的事柄の受容を要求され、内面的混乱のうちに、善と真実による識別の目を失ってしまうのです。それは結果として、聖性の喪失と破壊へと至ります。

私たち信仰者はこの重大な時代、自分たちの「心の囲い」に、入れても良い情報と、入れてはならない情報、入れても良い価値観と、入れてはならない価値観を、しっかりと見極めていく必要があると思います。それは、この社会の現実の中にあって、神の国を表現し、生きていくために、絶対に必要なことでしょう。

「心の囲い」を持つことは、社会からの逃避ではありません。人間のコミュニケーションを阻む壁を作ることでもありません。人間性を堕落させる退廃と混乱からの防衛であり、人間同士のコミュニケーションの中で自分の心に築かれている神の家、神の国を示すことです。それは、神の御心にかなうことであり、神が限りない愛のうちに創造された人間と世界の本来の美への信頼を生き、それを守ることに協力することです。

ですから、それは逃避と言うよりは、気高い戦いです。修道生活の「囲い」が聖性を守るための霊魂の戦いの象徴なのですから、社会生活を送る私たちの聖性の戦いは、より最前線において、実戦的に、多様な手段と方法で行われていく必要があると思います。

願わくは、私たち日本国民、日本社会、日本国が、キリストと出会い、キリストの愛を見出し、神が与えてくださる聖性に満たされていきますように。

それは、神が与えてくださった本来の姿の、新しく美しい国を築いていくということです。


2014年2月 5日 (水)

千利休はカトリックだった? 茶の湯とキリスト教の関係性

本日は、豊臣秀吉の命令によって殺害された、日本のカトリック教会の最初の殉教者たちである、日本26聖人殉教者の記念日です。

日本26聖人についての説明(長崎の観光案内より)

先日、2月3日の朝日新聞の文化面に、「キリスト教徒だった?千利休」と題して、茶の湯の誕生に際したカトリックとの関係性に関する記事が掲載されました。

私たち日本のカトリック教徒にとっては、真に信憑性のある説として語られていることなのですが、一般の日本人にとってはあまり知られていない、ある意味でタブー視されてきた歴史学における一説です。

日本の文化の粋とも言える「侘び茶」の大成者としての千利休ですが、茶の湯の草創期、千利休の高弟であった「利休七哲」と呼ばれた七人の弟子たちの多くは、キリシタン大名でした。高山右近、牧村兵部、蒲生氏郷の三人はキリシタンであり、古田織部、細川忠興もキリシタンであった可能性があります。つまり、七人の弟子のうちの五人はカトリックと関係の深い人物たちだったのです。

カトリックとの関係性を感じさせる部分は、それだけではありません。茶の湯の作法と様式に、カトリックのミサの作法や聖書的な教えが盛り込まれていると感じさせる部分がいくつもあるのです。

利休の茶の湯が、当時の日本における最先端文化だったカトリックの影響を受けていたという説は、なんとも歴史のロマンを感じさせるものです。

利休の孫、宗旦の次男だった一翁宗守を祖とする武者小路千家の14代家元である千宗守さんは「一つの茶碗の同じ飲み口から同じ茶を飲む『濃茶』の作法は、カトリックの聖体拝領の儀式からヒントを得たのではないか」と主張しています。「この飲みまわしの作法が文献に初めて登場するのは1586年(天正14年)、それ以前には行われた記録がなく、どこからかヒントを得て、利休が創案したと考えるのが自然」であると言われています。

当時、日本でも有数の貿易都市であった堺では、カトリックの宣教が盛んでした。「ミサの際、イエスの血の象徴であるワインを入れた杯を回し飲みする様子を見た利休が、場の一致感を高める目的から、日本人にはなじみが薄かった飲み回しを茶の湯に取り込んだのではないか。茶入れを拭く際の袱紗さばきや茶巾の扱い方なども、聖杯(カリス・ワインを入れた杯)を拭くしぐさと酷似している。偶然とは考えにくい。」と千宗守さんは言います。

また、茶室の入り口が「にじり口」と呼ばれる身をかがめなければ通れない2尺ほどの狭い入口で作られていることも、「狭き門から入れ」というキリストの言葉を象徴的に表現しているのではないかという説もあります。

1994年、千宗守さんは、ローマ法王・ヨハネ・パウロ2世に謁見した際、この説を披露しました。するとバチカンの関係者から「法王庁の未公開資料の中に、茶の湯とキリスト教のミサの関連を記した文書がある。いずれ公開されると思うので、待っていてほしい」と言われたそうです。

しかし、今のところ、国内で茶の湯とカトリックの関係性を証明する資料は存在しません。

もし、茶の湯の誕生がカトリックとの交流の中で生まれたことが決定的に証明できれば、まさに、日本人は、戦国時代から、外国文化を積極的に上手に取り入れて自分たちの文化にすることが得意だったということが証明されますね。

茶の湯の歴史の根幹にかかわる重要な説だけに、タブー視せずに、心を開いて、もっと研究していただきたいと思います。

上智大学で、ぜひ、もっと研究してください!


NHK「私を長崎に連れてって~美しき教会とキリシタンの物語~」

2013年8月 5日 (月)

放射能汚染水 ~福島第一原発の黙示~

「第二の天使がラッパを吹いた。すると、火で燃えている大きな山のようなものが、海に投げ入れられた。海の三分の一が血に変わり、また、被造物で海に住む生き物の三分の一は死に、船という船の三分の一が壊された。」(ヨハネの黙示録 8章8-9節)

「第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちてきて、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ。」(ヨハネの黙示録 8章10-11節)

今回は、福島第一原発でますます深刻になりつつある放射能汚染水の問題について、霊的次元での考察を少し分かち合いたいと思います。

私は今まで、東日本大震災と福島第一原発の出来事について、この「新しいいのち、新しい世界へ」ブログに、見解を記事としてほとんど書いてきませんでした。2年間、ほぼ沈黙してきたと言えます。

当時、東日本大震災と福島第一原発の出来事を体験していく中で、私はこの出来事を、まさに、創造主である神からの終末的黙示であると捉えました。そのように感じ始めてから、私の内面で「この出来事について沈黙し、よく見なさい。」という呼びかけを感じました。ですから、それ以来、私はほとんど何も語りませんでした。ただ、沈黙のうちに、神が沈黙のうちに何を示しておられるのかを理解しようと努めてきました。

私は大震災当時、最初に汚染水が漏れて流れていることが報道された時、この汚染水の問題が、今後、途方もない大問題になるだろうことを感じ、恐れに圧倒されました。この時、私が思い出したのは、聖書のある特別な一節でした。それは、旧約聖書のエゼキエル書の一節です。

「彼は私を神殿の入り口に連れ戻した。すると見よ、水が神殿の敷居の下から湧き上がって、東の方へ流れていた。神殿の正面は東に向いていた。水は祭壇の南側から出て神殿の南壁の下を流れていた。彼は私を北の門から外へ回らせ、東に向かう外の門に導いた。見よ、水は南壁から流れていた。その人は、手に測り縄を持って東の方に出ていき、一千アンマを測り、私に水の中を渡らせると、水はくるぶしまであった。更に一千アンマを測って、私に水を渡らせると、水は膝に達した。更に、一千アンマを測って、私に水を渡らせると、水は腰に達した。更に彼が一千アンマを測ると、もはや渡ることのできない川になり、水は増えて、泳がなければ渡ることができない川となった。彼は私に、『人の子よ、見ましたか』と言って、私を川岸へ連れ戻した。私が戻ってくると、川岸には、こちら側にもあちら側にも、非常に多くの木が生えていた。彼は私に言った。『これらの水は東の地域へ流れ、アラバに下り、海、すなわち汚れた海に入って行く。すると、その水はきれいになる。川が流れていく所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。漁師たちは岸辺に立ち、エン・ゲディからエン・エグライムに至るまで、網を広げて干す所とする。そこの魚は、いろいろな種類に増え、大海の魚のように非常に多くなる。しかし、その沢と沼はきれいにならず、塩を取ることができる。川のほとり、その岸には、こちら側にもあちら側にも、あらゆる果樹が大きくなり、葉は枯れず、果実は絶えることなく、月ごとに実をつける。水が聖所から流れ出るからである。その果実は食用となり、葉は薬用となる。』」(エゼキエル書 47章 1-12節)

これは、預言者エゼキエルが、再興される新しいエルサレムの神殿について見た幻です。この幻は、キリスト教的に見ると、イエス・キリストによって打ち立てられる新しいイスラエルの、刷新された新しい神殿、新しい聖所から世界中にあふれ流れる豊かな恵みをあらかじめ示していると解釈できます。

読者の皆様、このエゼキエル書の一節を読んで、何かお感じになりませんか。そうです。この箇所は、福島第一原発で起きている出来事の対照を示していると言えるのではないですか。

つまり、この箇所の、神殿から流れ出る豊かな「恵みの水」「いのちの水」の流れが世界を癒し、清め、豊かにしていくということに対して、福島第一原発で起きていることは対照的です。止まることなく原発から流れ出る「汚れた水」「死の水」が、海に入り、いのちの源、被造界の基礎を汚し、創造された世界の喜びを奪っていくということについてです。

ですから、聖書のこの一箇所をとってみるだけでも、この福島第一原発の出来事は、聖書的に洞察し、黙想のうちに解釈するならば、明らかに創造主からの大警告が示されていると感じることができます。

更に言うならば、エゼキエル書のこの箇所の「いのちの水の流れ」は、聖霊の恵みの象徴として解釈されます。ですから、福島第一原発の汚染水流出の出来事を象徴的に解釈するならば、それは、まさに、聖霊を冒涜する世界の象徴として具現したと解釈することもできるでしょう。


さて、冒頭のヨハネの黙示録の箇所は、幻視者ヨハネが、イエス・キリストから示された終末の様相についてのビジョンの一部です。もちろん、2000年前の記録ですから、その内容は象徴的であり、具体的出来事を詳細に語っているものではありません。しかし、このヨハネの黙示録の箇所を読むだけでも、終末的様相において起きる「水源の汚れ」が象徴的に示されていることが理解できます。

時間を超えて、歴史を貫いて、常に終末的様相を指摘し、指し示すヨハネの黙示録の霊的役割を読み解くならば、まさに、福島第一原発で起きていることは、黙示録的な意味を神が示し、それが明確に表されていると言えるのではないでしょうか。

ご記憶の方もあるかもしれませんが、チェルノブイリ原発事故の際、ひとつの情報が世界中を巡りました。それは、ロシアの「チェルノブイリ」という地名は、この地方において「苦よもぎ」を意味する名前だということについてです。私はロシア語に詳しくありませんので、この情報がどれくらい確かなものなのかはわかりませんでしたが、当時、世界中の多くのキリスト教徒が、この情報に接し、恐れに震え、ヨハネの黙示録の成就、具現を感じたのでした。もちろん、当時共産主義のソビエト連邦であったロシアも、そのもともとの基礎はキリスト教国家であったわけですから、共産党幹部がどう思ったにせよ、善良な信仰をひそかに守っていた市民の中には、黙示録の解釈によって、チェルノブイリの出来事が神からの大警告であると悟った人々もたくさんいたことでしょう。

示しましたエゼキエル書47章の箇所で示されているのは、神の神殿から流れ出る聖なるいのちの水の流れ、いのちを豊かに与える聖霊の「生ける水」の流れです。そして、冒頭のヨハネの黙示録で示されているのは、終末において起きる、大天罰としての水源の汚れです。

現代世界は、神の神殿から流れ出る聖なるいのちの水に豊かに潤される道を選ばず、偽りの神殿、すなわち聖霊を冒涜する偶像神の神殿から流れ出る汚れた水を飲み続けています。

福島第一原発の流れ続ける汚染水が黙示的に示しているのは、まさに、偽りの偶像神の神殿の汚れた水が広がり続け、それを飲み、利用し続ける現代世界への大警告としての意味も持っているのではないでしょうか。

そして、福島原発の出来事が、まさに日本で起きたことは、本当に、私たちの国・日本が、偶像神を礼拝する、汚れた水を飲み続けるようになった民であることを、神が知らせようとされているのだと思います。

今も、静かに、止まることなく、汚染水は海へと流れ続けています。いのちの源を汚しながら。


「天使はまた、神と子羊(イエス・キリスト)の玉座から流れ出て、水晶のように輝く命の水の川を私に見せた。川は、都の大通りの中央を流れ、その両岸には命の木があって、年に十二回実を結び、毎月実を実らせる。そして、木の葉は諸国の民の病を癒す。もはや、呪われるものは何一つない。」(ヨハネの黙示録22章1-3節)

Livingwater


2013年5月30日 (木)

サウンド・オブ・ミュージック ~マリア・フォン・トラップの信仰~

「あなたの一番お気に入りの映画は何ですか?」

私は、このように質問されたら、迷うことなくいつも答えます。

「それは、サウンド・オブ・ミュージックです。」と。

皆様ご存知のように、「サウンド・オブ・ミュージック」は、日本の各世代に広く知られ、愛されてきたハリウッドの傑作ミュージカル映画です。「エーデルワイス」「ドレミの歌」「私のお気に入り」「すべての山に登れ」など、思い出すだけでも心躍る歌の数々に彩られた映画ですね。

私が小学生の時、母から、初めて遅くまで起きてテレビを見る許可をもらったのが、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の放映日でした。その日、母は「今日は夜、寝ないでテレビを見ていいからね。」と言い、夜8時にテレビの前に来なさいと言いました。それで私は、とてもうれしくて、ワクワクしながらその時間を待ちました。そして、私が初めて見た「大人の時間のテレビ映画」、それが「サウンド・オブ・ミュージック」だったのです。それは、私が物心が付いてから父に連れられて初めて見に行った特撮映画「ゴジラ対ヘドラ」に次いで、二番目に見た映画でした。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」の内容については、皆さんご存知の方々が多いと思います。ナチス占領期のオーストリアにおいて、修道女のマリアが、オーストリア海軍のトラップ大佐一家の子供たちの家庭教師に任命され、美しい邸宅にやってきます。そして、厳格に育てられた子供たちの心を歌と交流で開いていき、家族愛は回復されていきます。やがて大佐とマリアには愛が芽生えて結婚します。しかし、時代はナチス侵攻の時代、トラップ大佐はナチスに抵抗し、家族を連れて自由の国アメリカへと脱出するのです。

この第二次世界大戦の重大な局面における気高い人間の尊厳の戦いを、ブロードウェーミュージカルの美しい音楽と歌が包み、マリアと子供たちの快活な笑顔と美しいオーストリアの景色が癒してくれます。子供たちにも大人気のミュージカル映画だと思いますが、あらゆる世代の大人の鑑賞にも十分に耐える、家族愛と第二次世界大戦における人間の尊厳の勝利を歌った高度で気高い内容です。

世界の映画史上においてもまれにみる傑作に数えられる宝石のような「映画の奇跡」だと、私は言いたいのですが、しかし、映画のもとになった原作本を読まれた方々は、どれくらいおられるでしょうか。

この映画は、ブロードウェーミュージカルがもとになったのですが、このミュージカルの原作は、主人公マリア・フォン・トラップさんの自伝「The Story of the Trapp Family Singers」です。日本では「サウンド・オブ・ミュージック 前篇・後編」(谷口由美子訳・文渓堂)として邦訳が出版されています。

この原作の邦訳は、前篇・後編に分かれており、映画化されたのは、オーストリアからの脱出までを描いた前篇です。後編は、映画には描かれていない、アメリカに移住してからの、身分を捨てて移民となった家族の生活の戦いや葛藤、そして歌を通してアメリカ国民に広く受け入れられていくまでを描いています。

この原作は、修道女だったマリアさんらしい、カトリック信仰に根差した楽観主義に満ちており、オーストリアでの生活と、アメリカに移住してからの生活の中で、信仰がどれほど支えであったかが理解できる内容です。

この原作の邦訳のために、トラップファミリーの長女であるアガーテ・フォン・トラップさんが「日本の皆様へ」と題してメッセージを寄せてくれているのですが、そこにはこう書かれています。

「私たち(家族)の一致した思いは、母マリアが本書ではっきり語ってくれたように、神が私たちを導き、暮らしを支えてくださったことに対する感謝です。これまでの年月、私たちがずっと神を信じ、その信頼に神がこたえてくださったこと、それこそ、いま、皆様が手にしてくださっている本『サウンド・オブ・ミュージック』の真のメッセージだと思っています。」

ハリウッド映画である「サウンド・オブ・ミュージック」は、「アメリカ映画」であり、第二次大戦におけるアメリカの勝利を歌った映画でもあるので、トラップファミリーにとって、カトリック信仰がどれほど重大な要素であったのかは描かれていません。しかし、原作本を読むと、オーストリア時代には、自宅に私的チャペルを作ったり、クリスマスやイースターをたっぷりと楽しんだり、親しいヴァスナー神父さんが家族の合唱の指導をしてくれたり、自宅に神学生たちを寄宿させたり、家族でロザリオの祈りを祈ったりと、カトリック的生活の良き香りに満ちています。トラップファミリーに合唱の指導をし、トラップ・ファミリー聖歌隊の生みの親でもあったこのヴァスナー神父は、後にトラップファミリーと共にアメリカに移住します。

オーストリアを脱出する際には、トラップ大佐が、次のように語ったことが書かれています。

「聖書にこういう言葉がある。『何よりも、まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられる。』(マタイによる福音書6章33節)。今、私たちはこれまで何度も聞いたり、読んだりしてきたこの言葉が、本当にその通りなのか、それを確かめるチャンスに恵まれたのだ。」

マリアさんが本来備えていた修道女らしい楽観主義と開拓者精神は、アメリカ人の気質ともうまく合っていたようで、原作本の後編では、マリアさんがとまどい苦労しながらも、キリスト教精神に根差した自由の国、アメリカをこよなく愛していく様子が描かれています。

アメリカに移住してからのトラップ・ファミリーは、着の身着のままで移住した一家が移民としての貧しさと闘いながら、息子たちが徴兵されたり、トラップ・ファミリー・シンガーズとして歌で生計を立てようと努力する様子が、リアルに、正直に描かれています。しかし、それはまさに、アメリカン・スピリットを体現して精一杯生きようとするオーストリア・カトリック移民の一家のアメリカ人に向けた友情の物語でもあり、当時のアメリカ人が共感し、マスコミなどがこぞって取り上げたこともうなずけます。そして、トラップ・ファミリーは、奇跡のような特別な存在の家族合唱隊として、アメリカで広く認知されていったのです。

戦後、トラップ・ファミリーはバーモント州ストウに家族で住み、自分たちの家を「コア・ウヌム」(ひとつの心)と名付け、農園を運営しながらコンサート活動を続け、訪れる人々を歓迎し続けました。現在も、この場所にはトラップ・ファミリーが運営するロッジがあり、世界中から多くの人々が訪れています。

1970年代には、マリアさんは、アメリカで始まったカトリック聖霊による刷新(Catholic Charisimatic Renewal)にも参加されました。1976年に来日された際には、渋谷・初台教会の聖霊による刷新の集会に参加されています。
当時の聖霊による刷新のニュースレターに、マリアさん来日とマリアさんのメッセージが記録されています。下記リンクからPDFファイルをご覧ください。

http://www.newlifejm.net/ibuki_23_19761128.pdf (「主の息吹き」1976年11月28日号・PDF)

私は最近の映画になかば絶望していて、ほとんど見ないのですが、しかし、映画に神の手が働くことがあったとするならば、それはサウンド・オブ・ミュージックではなかったかと思っています。映画が製作された1960年代は、カトリックでは第二バチカン公会議が開催されている期間でもありました。カトリックに新しい時代が来ることを世界が予感していた時代、この映画は、アメリカから発信したカトリック教会へのメッセージでもあったと思います。

修道女が退会して結婚してしまうエピソード、あまりにもアメリカン・スピリットに満ちた内容は、当時の厳格なカトリックの聖職者を恐れさせ、この映画は危険だという人々もおりました。

しかし、今日においては、この映画は、良きカトリック精神の伝統と香りと、そして気高いアメリカン・スピリットが融合すれば、どれほど美しく気高い精神性が生み出されるのかを時代を超えて示す普遍的古典映画となっています。

そして、そのことは、現在の退廃してしまったアメリカと世界の世俗文化とハリウッド映画の状況への、決定的な警告と神からのしるしとしての価値も示しているのではないでしょうか。

サウンド・オブ・ミュージックは、時代を超えて神からの預言を伝えています。

「アメリカ人よ、世界中の人々よ、カトリックの美しい精神に結ばれ、気高い信仰と愛へと回帰しなさい。それは、真の喜びと自由と平和への道である。」と。

「サウンド・オブ・ミュージック 前篇」(マリア・フォン・トラップ著 谷口由美子訳)Amazon

「サウンド・オブ・ミュージック 後編」(マリア・フォン・トラップ著 谷口由美子訳)Amazon

One Voice - The Trapp Family Singers - CD Amazon

「菩提樹」(トラップファミリーを描いたドイツ映画)Wikipedia


※マリアさんの複雑な生い立ちや社会主義無神論に傾倒していた師範学校時代、そして劇的な回心と修道会入り、聖霊刷新への参加などは、自叙伝である「絶妙な道のり」(中央出版社)に詳しいのですが、現在絶版になっており、中古品市場を探すしかありません。この本の原題は「Maria」です。英語で読める方は、ぜひ、原著をお読みください。

「絶妙な道のり」(マリア・フォン・トラップ著 中込純次訳)中古品・Amazon

"Maria" Maria von Trapp, Amazon

2013年2月19日 (火)

父の帰天の翌朝に

先月1月14日の成人式の日、あの関東が大雪に見舞われた夜、私の父が帰天(逝去)いたしました。75歳でした。

半年前に末期の食道がんであることがわかり治療を受けていました。

あの日、父は入院中の病院から午前中に自宅に電話を入れてくれて、「今日は雪が降っているから、見舞いには来なくていいよ。」と言ってきました。

夕方、心配でたまらなくなっていた近所に住む妹が見舞いに訪れ、父が吐血して意識が薄れているのを見つけました。その後、2時間ほどであっというまに亡くなってしまいました。妹からの連絡でタクシーに飛び乗った私と母と弟は、心臓の止まった父と対面いたしました。妹が最後を看取れたことが、本当に良かったと神に感謝しています。妹が後に語ってくれたことですが、妹は毎日「お父さんの最後を看取らせてください。」と祈っていたということです。主は、妹の願いを聞き入れてくださいました。

父の人生を思うとき、私にはただただ「本当にありがとう。お疲れ様。」という言葉が繰り返し浮かんでくるだけでした。
父はカトリック教徒ではなかったのですが、高校生の時に「洗礼を受けたい」と言った私と、その後に洗礼を受けた妹と母をゆるしてくれました。そして、家族のそれぞれの十字架を共に引き受けて担ってくれた、善良な日本人でもあった父でした。

私は父が末期の食道がんの宣告を受けてから、父のためにロザリオの祈りいつくしみのチャプレットを頻繁に唱えて主イエスと母マリアに祈りを捧げました。

すべての人のために十字架につけられ、すべての人のために復活された人類の贖い主であるキリストに、父の人生の献身と犠牲、病苦の捧げものを顧みて、父の人生のすべての罪が赦されるように、そして主イエスが無限のあわれみといつくしみの御心を開いて、父を受け入れて、天上の至福の中に迎え入れてくださいますように、と毎日祈りました。

そしてすべての民の御母であり、罪人の拠り所であり、天の門である御母マリアに、父の永遠の救い、永遠のいのちのために、力強く取り次いでくださいますように、と祈っていました。

14日の晩、父の臨終に接して、病室で家族皆でアヴェマリアの祈りを唱え、御母マリアに父の永遠を委ねました。

父の通夜と葬儀は20日、21日に市内の斎場で行われました。我が家の菩提寺である真言宗の住職が来てくれました。父の地域の飲み仲間であった葬儀社の若い社長さんが、心のこもったあたたかな葬儀にしてくれました。

定年後、自治会活動などで働き、様々な役職を仰せつかって奉仕した父のために、自治体関係者の方々、自治会活動の関係者の方々など、たいへん多くの方々がご参列くださって、ただただ感謝の思いで過ごしました。

父の人生は多くの苦しみと困難があり、うまくいかなかったことも多かったのですが、晩年はたくさんの仲間に支えられ、慕われて地域奉仕に献身することができ、本当に恵まれた、幸せな悔いのない晩年を過ごさせたのではないかと感じています。

自宅マンションの自治会の方々が、大勢受付を手伝ってくださったり、しばらく会っていなかった親族とも再会できたりと、葬儀の場とは、やはり日本人の「絆」を確かめる場なのだな、とあらためて感慨深く感じた次第です。


さて、父の帰天の翌朝、とても不思議なことがありました。

父が亡くなった日は、深夜に帰宅しましたが、目が冴えてなかなか眠れませんでした。翌朝、私はごみを出そうとして自室マンションのドアを開けて廊下に出ました。すると、一羽のハクセキレイが舞い降りてきて、私の足元に降り立ちました。そして、ぴょんぴょんと歩きながら、まっすぐに廊下を進み、私を先導して案内するかのように、エレベーターまで進みました。そして、私がエレベーターに着くと、「ピピッ」と鳴いて、さっと飛び立っていきました。こんな珍しい、ユニークな体験ははじめてのことでした。

私の部屋はマンションの6階の一番端の部屋であり、エレベーターまでは一番距離のある部屋です。普通、小鳥というものは、ぴょんぴょんと歩くとしても、行ったり来たり、右に左にと歩き回るのが普通だと思うのですが、このハクセキレイは、私の目の前に降り立ち、まっすぐに長い距離を歩き、エレベーターまで先導してくれました。

なんとも不思議で、私はとてもうれしくなり、「ああ、マリアの使いが来てくれたかな。」と感じました。
それというのも、このハクセキレイは、私がトラピスト修道院の中庭で毎朝出会っていた小鳥と同じ種類の小鳥だったからです。このトラピスト修道院での毎朝の小鳥との出会いは、私にとってとても印象深いものでした。それ以来、私はこの小鳥に出会うと、「マリアの使い」と呼んでいたのです。

きっとこの小鳥は、主イエスと母マリアから遣わされて、父が罪の赦しを受けて天国に入ることを約束し、知らせてくれたのだ、と思いました。天上の国は時折、さりげなく共にいて見守っていることをサインを示して知らせてくださいます。

この小鳥のことを親戚たちに話すと「お父さんが会いにきたね!」と言われました。臨終の時を看取れなかった私のために、父が小鳥となって挨拶に来てくれたのでしょうか。普通の善良な日本人の親族たちにとっては、このように感じるのでしょう。真言宗では、死後49日の間は、霊魂は地上に留まり、罪の清めを受け、そして天上に入るのだということです。カトリックの煉獄と似た教えがあるのですね。

父がすべての罪のゆるしを受けて天上の至福に迎え入れられ、私たち家族を見守ってくれるように、そして永遠の御国で歓喜のうちに再会できるようにと願いながら、これからの地上の信仰の旅路を続けていきたいと思います。



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2012年11月11日 (日)

ウルトラマンとウルトラセブンはカトリック?~円谷英二と冬木透~

冒頭の表題は往年のウルトラマンファンの方々の間に議論を呼びおこすかもしれませんね。(笑)

さて、ご記憶の方もあるかもしれませんが、昨年の暮れに、日本のカトリック機関紙であるカトリック新聞にひとつの記事が掲載されました。

それは、1967年(昭和42年)に放映され、日本の各世代に広く知られている、伝説的とも言える人気を誇る特撮テレビ番組「ウルトラセブン」の音楽を担当された冬木透(本名・蒔田 尚昊<まいた しょうこう>)さんが、カトリック教徒である、という内容の記事でした。

東宝特撮シリーズに参加し、日本の特撮の神様と言われ、ウルトラマンシリーズを生み出した円谷プロダクションを創設した故円谷英二さんのご一家がカトリック教徒であったことは以前から知っていましたが、ウルトラセブンの音楽を担当された作曲家もカトリック教徒だとは知りませんでした。円谷英二さんの洗礼名はペトロだということです。

日本のカトリック教徒の間で、円谷英二さんの信仰生活や冬木透さんの信仰を伝える人はおりませんので、これらのことは世間の情報で知るのみでした。

ウルトラセブン、そしてその前に放映されたウルトラマンは、現在の40代、50代の男性諸氏には、日本の高度成長期に子供時代を送った世代として、何かとても特別な存在の、強烈な印象を持つテレビ番組ではないでしょうか。

私はこのカトリック新聞の記事にとても興奮してうれしくなりました。なぜなら、私は子供の頃、ウルトラセブンがとても好きで、再放送のたびに必ず見るほどのウルトラマン好きの子供だったからです。なぜ、子供の頃あんなにワクワクしたのか、振り返ってみて自分でも不思議なほどです。

ウルトラセブンは、その完成度の高さから、ファンの間でウルトラマンシリーズの最高傑作と言われているそうです。私の子供心にも、ウルトラマンとウルトラセブンには、後年のブームに乗って製作された派生作品とは違う、凛とした気高さと優しさで惹きつける、志の高いスタッフによって練られ、子供たちのためによく考えられた作品の魅力と完成度の高さを、直感的に感じていました。



2009年に行われたコンサートを伝えるYoutubeの動画には、冬木透さんと共に、主人公のモロボシ・ダン隊員を演じた森次晃嗣さんやアンヌ隊員を演じたひし美ゆり子さんの姿もあります。

私はウルトセブンが放映された1967年の生まれですから、ウルトラセブンをリアルタイムで見た世代ではありません。私が物心がついて幼稚園に入った頃からの再放送で魅了されてファンになり、熱中して見た世代です。ウルトラマン、ウルトラセブンの再放送によって盛り上がった第二次ウルトラブームになって製作され、そのブームのけん引役となった「帰ってきたウルトラマン」の音楽も、冬木透さんが担当されていたということです。

そして、さらに驚いたのは、日本のカトリック教会のミサで頻繁に歌われ、プロテスタントの教会でもよく知られ広く歌われているカトリック典礼聖歌388番「ガリラヤの風かおる丘で」は、この冬木透さんが作曲した聖歌だということでした。私もこの聖歌はとても好きで、福音の真髄を伝えている歌詞と共に愛唱しています。

「ガリラヤの風かおる丘で」(カトリック典礼聖歌 388番 詩 別府信男 曲 蒔田尚昊)

ガリラヤの風かおる丘で ひとびとに話された
恵みの御言葉を わたしにも聞かせてください

嵐の日波たける湖(うみ)で 弟子たちを諭された
力の御言葉を わたしにも聞かせてください

ゴルゴダの十字架の上で 罪人を招かれた
救いの御言葉を わたしにも聞かせてください

夕暮れのエマオへの道で 弟子たちに告げられた
命の御言葉を わたしにも聞かせてください

どちらかのカトリック教会において、司祭の祝いの席でこの歌が歌われている映像がYoutubeにありましたので、リンクしておきます。


円谷英二さんは戦時中に軍部に協力して戦意発揚のための東宝の戦争映画の特撮を担当し、戦後、しばらく公職追放になっていましたが、職場復帰後にゴジラシリーズなどの東宝特撮路線でご活躍され、昭和40年代になって、テレビ番組制作のために円谷プロダクションを創設されました。円谷英二さんの周囲には、当時のテレビ番組の可能性に燃える若き志高い論客のスタッフが集められたそうです。60年代という学生・労働運動最盛期の時代背景の中で、何事にも議論を尽くして話し合い、考え抜く風土があったことは確かだと思います。一方で、60年代後半はカトリック教徒にとっては、第二バチカン公会議直後の新しい刷新された教会の時代の始まりの時でもありました。

円谷英二さんの人生を思うとき、戦争協力の罪への深い悔い改めの中で、戦後復興のために国民に希望と勇気を与えようと必死であったであろうことが推察されます。子供向けのテレビ番組であるウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンの製作時、残酷な描写を製作しようとした若いスタッフに対して、すぐに撮りなおしを命じたこともあったそうです。

円谷英二さんはサインを求められると、色紙に「子供に夢を」と書いたそうです。戦後の高度成長期、発展していく国家と社会の高揚感の中で、科学と技術の未来に明るい健全な希望を感じていた時代、子供たちの心は、斬新な未来的感覚で洗練されたSFセンス、勇気と愛にあふれたウルトラシリーズに惹きつけられ、ウルトラマン、ウルトラセブンと地球防衛軍が活躍する怪獣との戦いに魅了されていったのです。

円谷英二さんと協力した冬木透さんも、カトリック教徒として子供たちへの気高く熱い思いを抱いていたであろうことは疑う余地がありません。

故円谷英二さんと円谷家、そして冬木透さんのカトリック信仰について詳細に語られた文献は私が知る限り見当たらず、日本のウルトラファンの間でも研究が進んでいないのだと思いますが、日本では大切に扱われず軽んじられる個人の信仰心は、実際は、信仰者である人の人生の中核を支えるものであり、信仰を語らずしてその人の人生は語れないのが真実ではないでしょうか。特に、カトリック教徒にとって、信仰とは人生全体の中心であり、社会生活の目的であり、ゴールでもあるのです。

信仰を二次的なこと、あるいは個人的な趣味嗜好の領域に閉じ込めてしまう日本社会では、人間の人生における欠かすことの出来ない大切な視点を見落としてしまいがちだと思います。円谷英二さんや冬木透さんの人生を真に理解するためにも、二人の信仰についての研究が進むことを期待したいと思います。

それにしても、円谷英二さんのご存命中に製作されたウルトラマンやウルトラセブンが、日本の若きスタッフの情熱と未来への希望にクリスチャンの真心が融合して生まれていったということを、なんとも甘美で素晴らしいことと感じます。ウルトラマンやウルトラセブンには、子供たちの心を創造力と健全な正義と未来への明るい希望にひきつけていくために、神なる聖霊が導いてくださった部分もあるのではないでしょうか。

これはちょっと言いすぎでしょうか?

しかし、当時の子供たちを強く惹きつけたウルトラマンとウルトラセブンが放つ不思議な魅力を思うとき、カトリック教徒が関わった誇りを感じながら、多様な聖霊の御業を賛美したくなるのです。そして、子供の時にウルトラマンやウルトラセブンに熱中した私がカトリック教徒になったことにも、なんとも不思議な導きと巡り会わせを感じます。

献身と自己犠牲によって地球を守ったウルトラマンとウルトラセブンは、カトリック教徒です!と言いたいですね。(笑)


それにしても、その後の日本社会は、そして日本の子供番組は、聖霊の御業に心を開いてきたと言えるでしょうか?
ウルトラマンとウルトラセブンの伝える良き香りは、現在の日本社会の堕落と混乱と迷走に、警告を与えているように思えてなりません。


円谷英二(Wikipedia)

蒔田尚昊<冬木透>(Wikipedia)

2012年7月16日 (月)

置かれた場所で咲きなさい

先日、私たちカトリック教徒が皆知っている著名なシスター、渡辺和子さんの最新の著書、「置かれた場所で咲きなさい」(幻冬舎)が、一般書店でベストセラーランキング1位になっているという驚きの事実を知りました。

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さっそく、私が住んでいる街にあるブックセンターに出向いてみると、やはり、「ベストセラーランキング」で1位を獲得していることを確認しました。なんという驚くべきことでしょうか。晩年を迎えたひとりの老シスターのエッセーが、日本の多くの老若男女の心をつかむとは!

Googleブログ検索で、「置かれた場所で咲きなさい」を検索すると、たくさんの方が感想をブログに書いておられます。

Googleブログ検索
http://www.google.co.jp/blogsearch?hl=ja


カトリック教徒としての重大な義務感を感じ、さっそく購入して読んでみました。もちろん、渡辺和子さんのことは、それなりに知っていたつもりでした。テレビのカトリック番組「心のともしび」に出演しておられた時には視聴させていただきましたし、私の書棚を探してみると、以前の著作のひとつがありました。渡辺和子さんは多くの著作を著しておられますが、しかし、シスターの著作であること、シスター渡辺が女子校の教育者であることなどから、私は「女性向け」の著作であろうと推察して、失礼ながら、あまり読んだことはありませんでした。

さて、今回の著作を拝読してみて、この著作は、以前からの渡辺和子さんの主張やメッセージが凝縮されてわかりやすく簡潔にまとめられていると感じました。ある意味で、晩年を迎えたシスター渡辺の「遺言」とも受け取れる内容です。

内容は、教育者として若者たちや教育界、一般社会と幅広く交流してきたシスター渡辺の様々な深い経験に裏打ちされた珠玉の言葉集となっています。この著作は、決して教条的にキリスト教の教理を説くのではなく、様々な出会いと経験の中でシスター渡辺が考察し、黙想した実りの分かち合いです。ですから、カトリック教徒向け、というよりは、広く一般の日本人に向けられたわかりやすいメッセージとなっています。

表題からすると、若者たち向け、特に女性たち向けの内容と推察しがちですが、その内容は、85歳を迎えた渡辺和子さんの老境の謙遜で気骨ある達観を表現しているものであり、定年後の世代の男女の方々にも、ぜひ、お勧めしたい内容です。その意味で、全ての老若男女にお勧めできる内容ですから、一般書店でベストセラーになっているのも、うなずける事実です。

それにしても、表題の「置かれた場所で咲きなさい」とは、なんと時節に合った、タイムリーな表題でしょうか。
東日本大震災を経て混迷を深める日本社会、多くの人々の人生が、自分で思い描いたようにはいかなくなっています。この表題が、希望を失い人生に悩む日本の多くの人々の心を惹きつけたのもうなずけます。

夢を抱き、自分の計画の成功を願うことは、人間として必要なことですが、自己実現の願望だけでは、人生の苦悩と困難、失敗や挫折を乗り越えることはできません。

「置かれた場所で咲きなさい」とは、シスター渡辺が宣教師の方からいただいた言葉である「神が植えられた場所で咲きなさい」を、学生たち向けに意訳した言葉だそうです。原文から思うことは、人生の主(あるじ)は自分ではなく、神である、ということです。

自分への神の願いがなんであるのかを考え、神の御心を生きること、神の御旨を受け入れて、その中で感謝と賛美の花を咲かせること、その中に、本当の人生の美しい花が咲きほこるということを、原文は伝えています。

「置かれた場所で咲いた小さく美しき花」である聖母マリアは、「お言葉通りになりますように」(ルカ福音書1章38節)と願いながら、生涯を貫いて神の御心に従い、私たちの人生の模範となられました。その意味で、この著作は、マリアの御心の光を月のように反映しているのだと思います。ですから、渡辺和子さんの、すべての人々へ向けた「母心」は、マリアの御心の反映です。

渡辺和子さんは、この著作を通して、私たち日本のカトリック教徒の母から、日本国民の母のひとりになられたのだと言えるでしょう。

ぜひ、人生に苦悩するあらゆる世代の日本の老若男女に、この読みやすく、わかりやすい珠玉の言葉の著作をお勧めいたします。


2012年7月11日 (水)

素晴らしい聖体訪問

皆様は、聖体訪問という素晴らしい習慣が、カトリック教会にはあるのをご存知ですか?

聖体をご存じない方々のためにご説明しますと、聖体とは、ミサの中で聖別され、聖変化されたパンとぶどう酒のうちにまことに現存される、主イエス・キリストの御体と御血のことです。

主イエスは、十字架上の死に渡される前の最後の晩餐を弟子たちと共に過ごされ、ユダヤ人の祭りである過越しの食事をされました。その時、パンとぶどう酒を分かち合われ、この聖体を制定されたのです。

「一同が食事をしている時、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これは私の体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くに人のために流される私の血、契約の血である。』」(マタイによる福音書 26:26-28)

この甘美な最後の晩餐の神秘の中で制定された聖体であるパンを、カトリック教会の信徒は、最後の晩餐の再現であるミサの中で拝領します。これは、2000年間続いているカトリック信仰の至宝であり、根幹です。

キリストの御体であるパンと、キリストの御血であるぶどう酒は、私たちの霊的いのちの糧となるのです。私たちのいのちが、キリストのいのちと結ばれ、私たちはキリストのいのちによって、生かされていくのです。ですから、私たちは、いつもキリストと共におり、キリストが私たちの心と霊と体の神殿の中に、住まわれます。

私たちは洗礼によって、キリストの死と復活に結ばれて罪を贖われ、新しいいのちを生き始めます。その新しいいのちを支え、養っていくのは、聖体の中にまことに現存される、キリストのいのちなのです。

そして、この聖体は、ミサの中で配られ、拝領されるだけではありません。
伝統的に、カトリック教会の聖堂の中心には、聖櫃という聖なる箱が置かれ、その中に、聖体であるパンが安置されています。ですから、カトリック教会の聖堂を皆様が訪れるなら、いつでも、キリストの御体である聖体が、出迎えてくれるのです。これは、キリストが、いつも私たちと共におられるという明確な生きたしるしです。


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御聖体が安置されている聖櫃


そして、聖堂に安置されている御聖体を訪問して礼拝する習慣のことを、聖体訪問と言います。この習慣が歴史的にカトリック教会に根付いたのは、信仰心の表明として、実に当然なことでした。そして、その訪問を霊によって促し、導くのは、御聖体のうちにまことに現存されるキリストの、愛による招きなのです。

私たちカトリック信徒は、この愛の招きを霊的に感じるなら、聖体訪問への強い渇きを感じます。聖体のうちにまことに現存されるイエスの御心は、愛の生ける泉だからです。この泉の水を飲む者は、渇きを癒され、主が共におられるという確信によって、喜びと平安に満たされます。

聖体訪問をし、聖体の前で祈り、礼拝することは、聖体のうちにまことに現存される主イエスとの霊と心の対話であり、交流、すなわちコミュニケーションです。イエスは愛のうちに聖堂の聖櫃の中に留まり、皆が訪問してくれるのを待っているのです。

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さて、カトリック信徒の皆様、私たちの日常生活では、家族や親しい友人たちと集まって食事をします。そして、時折、離れて暮らす肉親や兄弟、親戚、友人たちを訪問します。訪問して交わり、対話して共に時間を過ごすことは、何よりも素晴らしい相互の尊重と友愛、理解を生みます。

それに比べて、私たちの救い主であり、神である主イエスに対する、私たちの態度はどうでしょうか?
日曜日のミサに行き、聖餐を共にし、聖体を拝領しますが、それ以上のことは望みません。

「私は忙しいし、ミサだけで精一杯。それ以上のことを信仰に求めません。神様は、私のことを全部わかっているし、あれこれ祈りに時間をかけていたりしたら、社会生活におけるバランスが悪くなってしまいます。祈るより、社会奉仕のほうが大切だし、信仰に逃避したくありません。」と考えてはいないでしょうか?

確かに、主イエスは、私たちのことをすべてわかっていることでしょう。多忙な社会生活の中で、聖体訪問のために時間を割くことは、いくらかの自分の時間を犠牲にすることになるかもしれません。そして、「宗教の信仰にのめりこむと危険だ」と、信仰への懐疑に満ちた現代社会は教えています。

しかし、それでも主イエスは、聖堂の聖櫃の中で、静かに私たちを待っておられます。そして信仰と愛の表明と、霊的で人格的な交流を求めておられます。現代、カトリック教会では、聖体訪問をする人が、あまりにも少なくなってしまいました。多忙で合理主義に支配された現代の日本社会において、単純な信仰の表明と神との時間を優先する価値観が、失われてしまっています。日本に住むカトリック教徒も、その影響を大きく受けているのです。

皆様、ご自分の教会で、また都会のカテドラルや旅先の教会などで、ぜひ御聖体を訪問し、待っておられる主イエスにご挨拶してください。そして、心の思いや願い、悩みなどを話してみてください。誰よりもあなたを理解し、あなたの全てを知っておられる主イエスは、ずっと話を聞いてくださり、あなたを信仰の火と愛で満たし、最善の道へとあなたを導いてくださいます。時間が無いのなら、ご挨拶するだけでも良いと思います。キリストの現存への感謝と愛を、ぜひ実践的に示してください。聖体訪問は、空虚で学問的な空想ではありません。生ける神の愛の現存への、実践的な信仰の表明です。

私も日々、仕事で多忙ですが、時折、聖体訪問をすることに、昔から時間を取ってきました。特にこの習慣が身につくきっかけになったのは、20歳の頃、秋田の聖体奉仕会に初めて巡礼して、修道院の聖体礼拝に参加したことだと思います。その後、フランシスコ会に入会した後、志願期、修練期と、毎日の生活の中で、しっかりと聖体礼拝の習慣をしつけられました。

その後、修道会は退会し、現在は社会生活をしていますので、毎日とか、毎週というわけにはいきませんが、主が時間を用意してくださった時、チャンスを見つけて、聖堂を訪れ、御聖体を訪問するようにしています。ですから、聖体訪問が素晴らしい習慣である、ということは、私の体験からも実感していますし、告白できます。

聖体訪問をして、主イエスと霊的に、そして人格的に交わり、霊的な対話を重ねていくことは、はかり知れない相互理解を生んでいきます。聖体を前にして、何を語ったら良いかわからないのなら、ただ沈黙のうちに、主イエスの愛の現存の前に静まるだけでも良いと思います。愛し合う人々は、ただ黙って共にいることも可能なのですから。私たちの霊が、主イエスの霊と交流し、イエスの思いと願いを、霊的に受け入れ、理解できるようになっていくことでしょう。それは、知的解釈や理解を超えた、霊による一致と交わりです。

私たちは、礼拝と信仰の表明に時間を優先して割くことによって、社会的なバランスを失うのではありません。むしろ、「その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネによる福音書 3:16)神の御心を理解する恵みへと導かれ、霊的な支えを確かに受けて、真の意味での信仰生活の平行感覚を得、世間に惑わされない信仰の成熟に導かれるのです。

時折聖体訪問をすることで、私たちは「神との時間を優先する」価値観を表明します。聖体訪問をすることで、私たちは「見えない事実を確信する」信仰を表明します。聖体訪問をすることで、私たちは御聖体のうちに生きておられる主イエスへの燃える愛と信仰と希望を表明します。

この時、私たちは聖書の次の言葉を実践しているのです。

「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。 」(ヘブライ人への手紙 11:1)

中世イタリアの謙遜な聖者、アシジの聖フランシスコは、霊感のうちに次のように語りました。

「生ける神の子キリストが、祭壇の上、司祭の手の中におられる時、
 全人類は震えおののき、全地はゆれ動き、天は喜び踊るべきです。

 ああ、なんと驚嘆すべき偉大さ、なんと驚嘆すべき御稜威!
 ああ、なんと偉大な謙遜、なんと謙遜な偉大さ!

 全宇宙の主、神、神の御子が、私たちの救いのために、
 小さなパンの中に隠れるほど、へりくだられるとは!
 兄弟たち、神の謙遜を見なさい!             」

                (『全兄弟会にあてた手紙』より)
     

地が震えおののき、天が歓喜に満たされるほどの偉大な謙遜によって、
小さなパンとなって、私たちの主は、共におられます。
私たちの霊的いのちを支える食べ物となって、主なる神は共におられます。
この、人間の想像をはるかに超えた謙遜の前に、悪魔は敗北して逃げ去ります。

この主イエスの、人間の想像をはるかに超えた愛が、御聖体のうちにあふれ、
あなたが来るのを待っておられます。

どうぞ、時折、御聖体の主イエスを訪問することに時間をとり、娯楽よりも優先してください。
この素晴らしい至上の神の恵み、御聖体の主イエスを、孤独のままにしておかないでください。

神の至上の愛に、愛と誠意で応えていきましょう。

聖堂の中心、聖櫃の中、御聖体のうちにあふれる主イエスの愛の鼓動を、心を鎮めて聞いてください。

聖体訪問によって、主イエスとの間の相互理解が、必ず、より一層深まっていくことでしょう。

主イエスは、私たちを待っておられます。